売春島や歌舞伎町のように「見て見ぬふり」をされる現実に踏み込む、社会学者・開沼博。そして、大阪・飛田新地の元遊郭経営者であり、現在もスカウトマンとして活躍する杉坂圭介。『漂白される社会』(ダイヤモンド社)の刊行を記念して、異色の2人が漂白されつつある飛田の現在・未来をひも解く。
対談第1回は、大阪都構想に揺れる飛田のいま、そして飛田に生きる人々の意外な真実に迫る。
ベールに包まれた飛田新地の実態
開沼 『飛田で生きる 遊郭経営10年、現在、スカウトマンの告白』(徳間書店)は本当に興味深く拝読しました。僕は社会学を専門としていますが、まさに社会学の研究のように、こういう仕組みで飛田は成り立っているんだ、という構造をわかりやすく丁寧に、かつ現地の生の声を通して分析されています。また、飛田の存続が脅かされる時代の流れ、まさに「漂白される社会」らしい動きがあることも読み取れました。今日はそれら2点をより詳しくうかがえればと思っています。まず、なぜこの本を書かれようと思ったのかを教えてください。
杉坂 この本を書くきっかけはいろいろありましたが、一番は人のご縁ですね。僕は今の仕事柄、飛田だけじゃなく信太山、松島、かんなみ等いろいろな新地で仕事をしてますから、どこもごく当たり前のように思いますが、東京、名古屋、北海道の人に聞くと、裏の世界だと言いながらも「ほかの新地は知らないけど飛田新地は知ってる」という人がほとんどです。にもかかわらず、それにまつわる話はほとんど出てきません。
ただ、街は写真撮影禁止とされていますけど、デジカメで撮影したような写真や映像がかなり露出していますよね?YouTubeにも動画があります。それから、2ちゃんねるや「飛田新地掲示板」というサイトでは結構リアルなことも書かれていますね。
最近では、井上理津子さんの『さいごの色街 飛田』(筑摩書房)もありました。あの本は女の目から見ていますが、男の目から見た、飛田で実務をやった人間の意見が1つはあってもいんじゃないかということを思いましたね。
開沼 なるほど。やはり興味深く思うのは、まさに飛田新地のように、これまでは「あってはならぬもの」として多くの人が目を背け、直視せずに済ませてきたものが、現代において可視化されていく状況があるということです。「みんなその箱があることは知っているけど、箱の中身は知らなかった」という状況から、「箱の中身が見えちゃっている」状況になりつつあります。
おっしゃる通り、情報化もそのプロセスを促していると思いますし、他方には、飛田新地というよりも、日本全体として繁華街等への取り締まりが強化されてきた結果、必ずしも「権力にとってもアンタッチャブルな場」ではなくなりつつあるという流れもあると思います。
杉坂さんが最後に書かれているように、見たくないものをとりあえず消していく、「なんとなく、猥雑なものを潰しちゃってもいいよね」という正論で進んでしまうことに多くの人は疑問を呈さないし、疑問を呈しにくい状況ができているのかもしれません。これはまさに『漂白される社会』(ダイヤモンド社)で扱ったテーマとも深く結びついていると感じました。
杉坂 世の中にはいろいろな種類の風俗があるなかで、組合方式でやっているのは新地系しかないんですよね。歌舞伎町のすべての風俗店が加盟しなくてはいけない協会のようなものはないと思います。どちらかというと無秩序な世界です。
ただ、飛田にせよ松島にせよ、新地系のように組合があることによって、守るべき秩序は守らせています。警察も許可を出していますから、何かがない限りは取り締まることもないと思うんですよ。
常日頃、組合側が店の前を歩いたりして、「玄関の女の子の服装の乱れはないか」「違反行為をしていないか」をチェックしています。逆に言えば、それだけしっかりと秩序を守っている街なので、残しておこうと考えてくださっているのかもしれないなと。これは僕の勝手な想像ですけど。