部下を「会社仲間」だと思っている上司
上司を「評価者」だと思っている部下

 3つ目のギャップは「対上司」「対部下」の感覚だ。

 先に述べたように、最近の若手社員は会社以外へのコミュニティにも属し続けるがゆえに、会社への帰属意識が薄い。そして、同期に対してでさえあまり仲間意識を感じていないのだから、当然上司のことは仲間だとは思っていない。加えて、年々社内の人事考課が厳格になっているという背景もあり、上司のことを「自分を評価する相手」とシビアに捉えている。

 一方、オジサン世代である上司の側は、そうは思っていない。部下は「娘・息子のような家族のような仲間」であり、だからこそ、時には「相手の為を思って」厳しいことも言うことが必要だと思っている。しかし、ベースにある「仲間意識」が部下と共有できていない以上、上司の(愛情を込めた)厳しさは単なる厳しさとして部下には伝わってしまう。最悪の場合、ハラスメントと捉えられる場合もあるだろう。上司の側は、若手社員の意識が自分たちの時代と違うことを認識しておくべきだ。

 職場や同僚に対する意識は、何が正解というものではない。そもそも、職場を含む「場」には、大きく3種類あると思う。

 1.全面的に安心できる場
 2.半分安心、でも半分はシビアな場
 3.完全にシビアな場

 1のような職場なら、働く人にとっては非常に居心地がいいだろう。しかし、組織として大きな成果を出そうと思ったとき、個々人に負荷をかけることもできず、望むべき革新が起こらない可能性は極めて高い。ぬるま湯になって、やがて競争力を失ってしまう。逆に、3にもその実現性に問題がある。会社がプロとして仕事をすることを社員に求め、その仕事をプロとして評価することは、一つの理想形かもしれない。しかしながら、普通の会社で普通の仕事をしている普通の社員にそれを求めるのはもともと酷な話だし、プロがなんたるかを学んだことすらない上司にプロとして部下の仕事を評価せよといっても、どうしてよいかわからない。昨今、多くの会社は社員に「プロを目指せ!」と言ってきたが、実際にはプロの集う場として職場は機能せず、単にシビアで冷たい職場だけを増加させる結果になってしまったのではないだろうか。

 仲間意識、帰属意識によって基本的には安心感があるものの、仕事をする場として厳格なところは厳格……といった2が一般企業では望ましいのだと思う。ただ、SNSの浸透によってすっかり変容した若手社員の組織に対する認識と、自分自身の認識の間に存在しているギャップをしっかりと理解しておかないと、2の職場の実現もまた難しいものになろう。相手との距離感や認識ギャップを確実に把握する能力は、いまや最も重要なマネジメントスキルの一つといっても過言ではないのである。

(プリンシプル・コンサルティング・グループ株式会社 代表取締役 秋山進、構成/ライター 大高志帆)