野口教授の最新刊『大震災後の日本経済』(ダイヤモンド社)第1章の全文を6回にわたって掲載。今回は、マクロ経済の需給バランスの観点から、これから本格化する復興投資にどう対応すべきかを論じる。

円高になれば需給制約が緩和される

 本章の1で述べた関係式は、つぎのように表現してもよい。

   国内総生産(GDP)=投資+消費+純輸出

 この均衡式において、左辺のGDPが生産ボトルネックによって減少し、かつ復興のための投資が増加するので、他の需要が減少しなければならない。どの項目が減少するかは、政策いかんによって異なる。

 1で述べたように、経済の自然な動きは、円高になって純輸出(輸出-輸入)が減ることだ。これは、経済学的にはごく自然な結論なのだが、わかりにくいと感じられるかもしれないので、もう一度述べよう。

 まず、震災からの復旧のために、投資支出が増大する。投資は、民間住宅、企業設備、公的資本のすべての分野で発生する。半面で国内総生産は供給制約で拡大できないので、格別の政策介入が行なわれなければ金利が上昇して国内への資金流入が増大し、円高になる。

 これによって純輸出が減少する。円高のために、国内生産設備を国内で再建するのでなく、海外拠点に移すことも行なわれるだろう。これは、国内での企業設備投資を減らし、国内の需給のアンバランスをさらに緩和させる。

 なお、「復興財源として無利子国債を発行する、震災復興債を外国で発行する、対外資産を取り崩して国内に還流させそれで国債を購入する」等の提案がなされているが、マクロ経済的な効果は国債と同じである。これらについては、第3章の4と第4章の3で検証する。

円高を拒否する固定観念

 日本では、円高の進行を阻止しようとするバイアスが非常に強い。

 日本での円高に対する反対は、経済的ロジックに基づくものでなく、「円高→輸出産業の採算悪化→株価下落」という硬直的な思い込みによる面が強い。株価が下落すると株を大量に保有する金融機関の資産が劣化するので、金融機関も円高に反対するのである。

 震災直後に急激な円高が生じたとき、日本を代表するある金融機関のトップは、新聞のインタビューに、「円高に憤りを感じる」と述べていた。「復興のための資金調達が増えれば金利が上がる。金利が上がれば円高になる」というロジックを理解できていないのだ。円高を阻止しようとするのなら、銀行は復興のための融資申し込みを断わる必要がある。

 なお、このとき協調介入が行なわれたのは、日本側の要請だけでなく、「米国債を日本が売却する事態を避けたい」とのアメリカ側の意向があったからかもしれない。

「日本経済新聞」(3月19日)によれば、ガイトナー米財務長官は、3月15日の上院銀行委員会において、米国債売却を懸念する質問に対して、「それはない。なぜなら日本の貯蓄率は高いから」と述べたという。日本の貯蓄率(国民経済計算ベース)は、1980年代には確かに高かったが、その後低下し、2010年では2.4%と、アメリカの3.4%より低く、先進国中で最低の水準である。ガイトナー長官が事実とまったく異なる認識に基づいて米国債売却を否定したのは、大変気になることだ。