その幸一と石田は、社員食堂に臨時設営された立食パーティー会場にいた。工場の従業員となる80名の人員が、中には呼び掛けに応じて家族も同伴で参加して、賑やかに飲食している。

 スカウトした腕の良い数名の料理人たちが中華鍋を振って拵えた、出来たての美味い中華メニューをカウンターに並べ、飲み物も取り放題にしていた。採用した社員たちの士気と協調性を高めるための場にしようと、幸一と石田が提案し、隆嗣の賛同を得てセッティングした宴会だった。

「ここでは煙草は禁止だぞ、吸いたくなったら喫煙スペースに行ってくれ。火の始末には十分注意してくれよ」

 工場長らしく注意を促しながら社員たちの間を回って笑顔で肩を叩いている石田は、滞在1ヶ月にして、すでに中国語をいくらか操るようになっていた、それも彼の前向きな姿勢の表れだろう。小柄で頭髪も淋しい石田には愛嬌があり、すでに社員たちに溶け込んでいた。

 その一方で、幸一はカウンターに提供される料理に目を配っており、若い社員たちの旺盛な食欲に厨房が追いつけなくなるのではないかと心配していた。

「外は寒かったから、スープや湯麺が先になくなってしまいそうだな」

 そんな幸一の腕を、細い指が掴んで引っ張った。

「副総経理さん、そんなことは私に任せておいてちょうだい。あなたは、料理よりも社員との交流に気を配るべきよ。石田さんを見習ったら?」

 上海から駆けつけた慶子が、慌しい幸一の雑用を当たり前のように手伝っていた。幸一にとって晴れの門出となる今日は、彼女にとっても大切な日である。

「よろしくお願いします」

 地元で採用した若い男性の一人が、幸一の前に立って丁寧な挨拶をした。その後ろから、母親らしい農婦が両手を合わせて幸一を拝むように腰を屈める。

「真面目だけが取り得の子なんです。どうか長い目で見てあげてください」

 その青年と母親に握手の手を伸ばし、幸一が明るく応えた。

「これから一緒に頑張りましょう。今日はお祝いの日です、みんなと楽しんで下さい」