『週刊ダイヤモンド5月27号』の第1特集は「人事部VS労基署 〜働き方攻防戦〜」です。電通事件をきっかけに社会問題化した過重労働。それを取り締まる労働基準監督署(労基署)の権力が拡大している。一方で、企業側のカウンターパートである人事部は防戦一色だ。政府の「働き方改革」による規制強化、バブル期並みの人手不足に襲われ、対応に苦慮にしているのだ。身構える人事部と攻め入る労基署。両者による「働き方」攻防戦の行方を追った。

 東京・千代田区にある九段第3合同庁舎13階──。ここに、東京労働局の精鋭部隊で編成される通称「東京かとく」が詰めている。

 かとくとは、「過重労働撲滅特別対策班」のこと。悪質な長時間労働を取り締まる専任組織として、ちょうど2年前にできた。厚生労働省にある「本省かとく」が指令塔、東京労働局(東京かとく)と大阪労働局(大阪かとく)が手足となる実動部隊だ。

 労働問題にはいろいろあるが、特に長時間労働問題は、企業経営者の意識の変革なくして解決はない。これまで、労基署は事業場単位で一件一件シラミつぶしに取り締まってきた。だが、かとくのターゲットは大企業の本社。企業単位で効率的に取り締まることができるようになった。

 東京かとくは、女性社員の過労死を発端に始まった大手広告代理店、電通への強制捜査で、一躍脚光を浴びることになった。実際の捜査を主導したのが、ベテランの高橋和彦・特別司法監督官(労働基準監督官)である。

 今、日本で一番有名な監督官と言ってもいいかもしれない。昨年11月、電通本社に〝ガサ入れ〟したときに、捜査チームの先陣を切って闊歩した。その映像が日本中に報道されたからだろう。「人事関係者に面が割れてしまった。私が抜き打ちで企業を訪れただけで、『次はウチの会社がかとくに狙われているのか』と余計な心配をされてしまう(高橋監督官)」という。

 それぐらい、監督官の権限は極めて強い。ガサ入れもできれば、被疑者の逮捕・送検もできる司法警察官でもあるからだ。

 だが、そうした見た目の華やかさとは打って変わって、監督官の仕事は地味そのものだ。

 かとくの業務とて例外ではない。電通の捜査では、朝から晩まで「捜査部屋」に缶詰めになって籠もって、ひたすら電通の本社社員6000人分の勤怠管理データを一件一件入力し、違反がないかどうか、丁寧に確認作業を行った。

 電通の就業規則は、部局ごとに細かく規定されており、膨大な作業量になる。ガサ入れ時には、東京中の労働局から監督官をかき集めて40人まで増員したが、実際の地道な作業に関わったのはほんの数人だった。

 地道な作業のかいあって、4月25日、法人としての電通と支社幹部ら3人が、労働基準法違反の疑いで書類送検された。

 そして──。電通捜査が一段落したことで、世間の関心は、かとく部隊が狙う「電通の次」に移っている。

全国47都道府県に「かとく監理官」を設置
狭まる労基署の包囲網

 実は、現在、東京かとくが照準を定めているのは、大手旅行会社のエイチ・アイ・エス(HIS、本社は新宿区)である。

 その事実について、「捜査をしているかどうかも含めて答えられない」(東京労働局)としているが、社員2人に対して月100時間を超える時間外労働をさせた労基法違反の疑いで書類送検する方針を固めているようだ。

 ある厚労省関係者によれば、「電通事件のように、世論を気にして何としても挙げなければいけないケースとは違う。ありていに言えば、お分かりですよね?という事案だ」。監督官による再三の勧告にもかかわらず、HISでは違法行為が疑われることが繰り返されたようだ。

 3月末に、格安旅行会社のてるみくらぶが破綻に追い込まれたように、旅行業界では薄利多売のビジネスモデルに限界が見えている。

 事業場単位から企業単位へ。大企業の本社めがけて一点突破で監督する体制は効果的で、すでに6社の書類送検に踏み切っている。

 靴販売チェーン「エービーシー・マート」、外食チェーン「フジオフードシステム」、ディスカウントストア「ドン・キホーテ」、外食チェーン「サトレストランシステムズ」、スーパーマーケット「コノミヤ」──。そして、「電通」が続いた。

 今後、厚労省は監督体制の効率化をさらに加速させる。昨年4月、労働局47局に「かとく監理官」を設置したのもそのためだ。

 各労働局にいるかとく監理官がハブとなり、タテの連携(傘下の労基署から情報を吸い上げる)やヨコの連携(県境を越えて別の労働局と情報を共有する)を深めることで、全国展開する大企業の〝組織的犯行〟の芽を探そうとしているのだ。

 任官25年目の吉村賢一・監督官は滋賀労働局のかとく監理官に任命された。「労基法32条の長時間労働の送検事案を多く手掛けており、経験値があった」(吉村監督官)ことが選ばれた理由のようだ。

 もともと、滋賀県は製造業の工場が多く集積しており、規模の小さな局の割には複雑な労働問題を扱う局として知られる。

 2007年に発生した居酒屋チェーンの過労死事件の記憶が、県全域の監督官の脳裏に焼き付いていることもあり、「滋賀県は監督官それぞれが、過重労働問題にアンテナを立てている地域」(同)なのだという。かとくによる指導・捜査の広域展開は、一層きめ細やかになっていくだろう。

労基署ブラック企業リスト公表に戦慄!
人事部を襲う四重苦

『週刊ダイヤモンド5月27号』の第1特集は、「人事部VS労基署〜働き方攻防戦」です。

 5月10日、厚生労働省は労働基準法等の違反で書類送検された、いわゆる〝ブラック企業〟の実名リストを初公開しました。

 パナソニック、三菱電機、森永乳業、大京穴吹建設……。そのリストには、有名企業がズラリと顔を揃えています。

 手始めに、今回は334社を公表。5月末、6月中旬にも新たに違法企業が追加される予定で、今後、毎月50〜60社のペースで企業リストが随時更新されていく見込みです。

 まさしく一罰百戒──。労基署による容赦ない仕打ちに、企業の人事部は戦々恐々としています。労基署が悪徳企業の取り締まりに攻勢をかける一方で、企業側のカウンターパートである人事部は防戦一色になっているのです。

 というのも、企業の人事担当者は現在、深刻な〝四重苦〟に見舞われているからです。

 3月末に発表された、政府「働き方改革実行計画」の二大テーマは、「同一労働同一賃金の強制導入」と「残業禁止の大号令」。前者には社員から訴訟を起こされるリスクが、後者には違反すればブラック企業に転落するリスクがあります。

 さらに、日本的な雇用慣行の崩壊、深刻な人手不足が追い打ちをかけています。

 身構える人事部VS攻め入る労基署──。本特集では、働き方改革をめぐる、両者の攻防戦の行方を追いました。

 特集後半では、人事担当者の皆さん向けに、「労基署&訴訟に負けない!働き方改革完全マニュアル」も用意しています。働き方関連法案の施行は2019年4月。まだ2年もある、なんて言っていられません。とにかく、企業が対応すべきことが山積しています。誌面では、主要9メニューの工程表と、改正ポイントをわかりやすくまとめました。

 そして、働き方改革に翻弄されるのは、企業ばかりではありません。実はこの改革は、われわれ労働者個人にとっても、生易しいものではありません。大まかに言えば、(日本型の職能システムに替わって)欧州型の職務システムに近い仕組みが導入されるので、社員が「時価評価」されてしまうのです。スキルのない、生産性の低い正社員がこれまで通りの待遇を得るのは難しくなってしまうでしょう。

 労働基準法の歴史上70年ぶりの大激震。労働者個人にとっても、企業にとっても、極めてシビアな世界が待ち受けています。その厳しい時代を乗り切るために。すべてのビジネスマンの方にご覧いただきたいと思っています。