社員からの突然の残業代請求、退職した元社員からの不当解雇請求の増加など、近時の労務リスクは突然かつ多額のキャッシュアウトを伴うケースが増えてています。この連載では、そうした無用な労務コストの発生を防止する方法について、就業規則の決め方や、ITツールを活用して労務リスク低減策をシミュレーションするケーススタディーをご紹介します。

 東京都労働局が先日報道発表した資料によると、東京都内の平成22年賃金不払い事案のうち、申告事案、つまり監督署調査ではなく社員が監督署へ駆け込んだことによる残業代請求が、昨年より件数、金額とも減少したとはいえ、過去10年間で2番目の高水準であったということです。

■東京労働局における平成22年賃金不払い事案
・不払い事案件数  3,970件
・対象労働者数     8,299人
・対象不払い金額  43億9,783万円
・業種別では ①商業 ②接客娯楽業 ③建設業の順   ―東京都労働局発表資料より(PDF)

  これらの多くは「未払いである残業代を払え」という訴えであり、もしも監督署からこれらを支払うよう命じられた場合は、突如として想定外のキャッシュアウトに見舞われることになります。こうした事態を未然に防ぐ効果的な制度として、私は企業に「定額残業制度」の導入をお勧めしたいと思います。

社員も次第に納得する
「定額残業制度」

  定額残業制度とは、一定時間分の残業代相当額をあらかじめ月給のなかで支給する制度です。当然、社員側としては、本来の残業代請求権が消滅するという点で不利な制度変更になったと感じますし、法的に見ても、これは「不利益変更」ですので、社員の同意が導入の要件となります。

 ただし、私の経験では、結果的に社員側も制度のメリットを理解し、想像するよりも容易に同意が得られると思われます。なぜでしょうか。

 おもな理由は、社員が認識している賃金の不公平感です。たしかに、賃金決定ルールとして人事評価制度など能力や業績に応じて公平に配分する仕組みは存在しまが、不公平感を防止できない領域はどうしても残ります。

 その領域とは労働時間による賃金の配分です。つまり、能力が高いために生産性が高く、残業をせず帰宅する社員と、能力が低いために長時間労働をする社員と比較した場合、労働時間による配分ですと賃金が高いのは後者になります。

 ところが、定額残業制度に変更すると、後者のタイプの社員でも、ある程度残業しようが残業代が賃金に含まれているので、もらえる賃金は変わらない、というふうに意識が変化し、業務効率化を意識するようになります。

 最近は、企業規模や業種を問わず少しずつ定額残業制度が浸透してきている感を覚えます。とはいえ、制度は導入したものの不備のあるケースが散見されるのも事実であり、これを解消しなければ依然残業代を請求されるリスクは残ります。

 ここでは、よく見られる不備の内容について賃金計算上の不備を中心に検証し、補足として就業規則上の不備のケースをご紹介します。