戦略を欠き、方途が見えない政治
結果を作るためには何が必要か

たなか・ひとし/1947年生まれ。京都府出身。京都大学法学部卒業。株式会社日本総合研究所国際戦略研究所理事長、財団法人日本国際交流セ ンターシニアフェロー、東京大学公共政策大学院客員教授。1969年外務省入省。北米局北米第一課首席事務官、北米局北米第二課長、アジア局北東アジア課長、北米局審議官、経済局長、アジア大洋州局長、外務審議官(政策担当)などを歴任。小泉政権では2002年に首相訪朝を実現させる。外交・安全保障、政治、経済に広く精通し、政策通の論客として知られる。
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 今ほど日本のトップたる首相の権威が失墜した時期が、あったのだろうか。国内の雰囲気だけではなく、外国に行って議論しているとそれを如実に感じる。

 こうした状況をもたらした最大の要因は、首相が国家の統治に対して明確な意識を持たなかったからではないか。昨今の日本の政治指導者は、願望や理念を語ることはあっても、複雑な利益が錯綜している社会において結果を作るための道筋を考えているとは思えない。

「普天間基地は最低でも県外に移設する」「TPPは第三の開国である」「脱原発依存」など、私たちは願望に満ち満ちた政治的声明の数々を聞いてきた。日本に余裕があった時代ならまだ許される。しかし、日本にもうそんな余裕はない。

 大震災からの復興、電力不足への対処、GDPの200%に達する公的債務の削減、少子高齢化の下での社会保障の抜本的改革などなど、切羽詰った真剣勝負が求められている時代である。「道筋を示せ」「願望より結果を作れ」と人々が考えるのは、当然のことである。

 しかし、結果を作るための方途は一切見えてこない。戦略が欠けているということである。結果を作る戦略に不可欠な要素とは一体何なのだろう。

 第一に、施政者は十分な情報に基づく判断をしているか、と言うことである。米国では大統領は毎日、国家安全保障関係のブリーフを受ける。私が小泉首相のお供でテキサス州クロフォードのブッシュ大統領の牧場を訪れたとき、大統領が早朝の1時間はブリーフを聞く時間に充てていたのを目の当たりにした。

 休暇中であれ、外遊中であれ、情報ブリーフは欠かせない。断片的な情報を聞くわけではない。政府のインテリジェンス情報、民間の情報を総合し、分析し、一定の評価を下した上での情報ブリーフなのである。大統領に上がる情報は厳密に手続きを踏む。情報によって一定の予見を生むからである。日本ではどうなのだろう。

 対外関係については、従来外務省の次官は定期的に官邸で総理、官房長官に対してブリーフを行なっていたが、民主党政権になってこのブリーフが行なわれている様子はない。最近では、外務省が総理の時間を取ることさえ難しいという有様である。