しかも、放射線の健康被害に関する知見は、ゲノムの解読前後で一変しています。以前は、細胞がガン化する「メカニズム」ではなく、単なる「確率論」で論じられているに過ぎませんでした。しかし今や、どの染色体が影響を受けて、どんな病気になる、という点が明らかになっています。

 たとえば、チェルノブイリの汚染地域にいた子どもの甲状腺乳頭ガンでは、染色体7番のq11領域の遺伝子が、通常2コピーのはずが、3コピーになる異常がみられる特徴が分かっています。

 内部被曝は、主に食事で生じます。膨大な汚染が基礎になり、食品の汚染がおこると、系統的検査で対応するとしてもそれは受け身の対応です。本当に前向きに対応するなら、土壌中のセシウムの総量を減らすしかありません。

 すでに福島県内の母親7人の母乳から、高濃度のセシウムが検出されていますが、体内のセシウムは時間を経るごとに排出されて下がっていく。とにかく今以上のセシウムを摂取しないことが大切です。今回のセシウム汚染は、3月15日に大半が、21日から数日で一部が放出された一過性のもので、かなり除染で取り除けるのが特徴です。

――これから起こることを予想する、というのは、先生が研究されている「システム科学」の考え方ですね。

児玉 システム科学とは「予測の科学」ということに尽きる、と思います。

 複雑な生命や複雑な社会を見るときは、問題点の表面的な属性を見るだけでなく、本質を動かすメカニズムを理解するのが大事です。人は頭で属性から考えがちです。だから放射能汚染を考えるとき、本質の総量の問題(膨大な放出)か、属性の濃度の問題か、という議論も起こるわけですが、本質から捉えなければいけない。

――未曾有の事態への対応・対策に、最新の知見や技術が活用されていないことも指摘されていました。そんなものなのか、俄には信じられませんが。

児玉 すごくやっぱり、最新の科学の知見を活かすという難しさですね。結局、今の学会や原子力村のなかに、ゲノム科学やイメージングなど最新の科学技術を知る専門家がいないんだと思う。

 一番問題だと思ったのは「プルトニウムを飲んでも大丈夫」(大橋弘忠・東大教授の発言)という発言です。これは政治的な意味の批判ではなくて、科学の方法論として理解してもらいたいのですが、2~3年の経過をみる動物実験と人体で20年後に実際に出る影響との違いは、当然考えないといけないわけですよね。科学者として、時間スケールの見方は非常に大切なことです。