グーグルで開発された究極のスピード仕事術「スプリント」。その超合理的なノウハウを開発者自身が手取り足取り公開した話題の新刊『SPRINT 最速仕事術』が23ヵ国で刊行の世界的ベストセラーとなっている。本連載では、仕事を「最速化」し、大きな成果を出し続けるそのノウハウについて徹底的に迫る。今回は、日本で実際にスプリントを導入している企業の事例を紹介する。

日本にある一般企業で「革新的なプロセス」は実行できるか?

 前回、ブルーボトルコーヒーの事例でも紹介した通り、「スプリント」は「5日間で試作品(プロトタイプ)をつくりあげて、それが成功するかどうかまでテストをする」方法だ。アイデアをプロトタイプのかたちにすばやく落とし込み、それを顧客とテストすることによって、たった5日間で重要な問題に答えを出すことができるのだ。

 サービスや商品をほぼ完成形にするまでに何年もかけて、リリースの直前に顧客アンケートやテストを行って微修正をするという従来の方法とは、時間のかける順番がちがう。しかし、最初に、ほぼ見かけだけのざっくりした試作版でテストをすることによって、その後のつくりこみがきわめてスムーズになり、成功率が高くなる。グーグルらしいきわめて合理的な発想のノウハウだ。

 しかし、いざこれを「自分の会社でもやってみよう」となると、さまざまな壁が立ちはだかる。そもそもスプリントでは7人のチームをつくり、丸5日間の時間をかける必要がある。スタートアップやベンチャー企業ならいざ知らず、日本の伝統的な企業や保守的な業界でそんなことが、どうすればできるだろうか?

保険会社で「スプリント」をやってみる

 今回紹介するのは、ある日本の損害保険会社の事例だ。

 スプリントを使った業務改革を担当したGH氏は当初、金融業界特有の、システムに対する重厚なガバナンスが生んだ、顧客のニーズとのミスマッチに直面していた。

「ウェブから新規で保険を申し込む、パンフレットを取り寄せる、あるいは契約者が補償内容を確認する、保険金を請求するといったシンプルなサービスが、金融システムと同じ環境で共存しないといけないため、複雑で重厚なセキュリティーを必要とするプロジェクトとして扱われていました。

 ITアーキテクチャーの厳守とセキュリティーやコンプライアンスが優先される金融システムとして、ガバナンスでプロジェクトは企画されます。消費財のECサイトのウェブ表示機能拡張のように1時間くらいでデザインと更新ができる規模のものにも、ユーザビリティー等は優先されずに、多大な年月を会社を守るために費やしているような状況でした。

 こうして長い歳月をかけてようやくつくりあげたものが、企画し始めたころといまとで、まったく世の中が変わってしまい、新たなお客さまのニーズに対応しきれていませんでした。結局このサービスは目標としていたお客さまによる利用率を達成できない状況に陥ってしまったのです。このミスマッチからどうやって抜け出せば良いのか、というのが私に課せられた課題でした」

 これはデザインの問題だ、とGH氏は判断した。デザインとは、顧客とのインターフェースを実現する周辺プロセスも含めたものであり、見た目だけでなく、ビジネスプロセスとシステムの機能などを含めた顧客の「総合的な使い勝手」を意味する。

 そこを修正することは、会社内部の保険業務に影響がないものであれば、これまでのように多くの時間を割く必要性はない。そもそも昨今の保険業界では、各社が顧客とのインターフェースの改善に凌ぎを削っており、ローンチまでに長い時間はかけられない。

「では、このようなデザインプロセスをどのように改良すべきかとなったときに、まず従来通り、ウェブデザイン会社に丸投げすることも検討しました。でもその場合、返ってきたプランに対してこちら側は『この色が嫌い』だとか、お客さまには重要ではない個人の主観や、保険販売視点で品評してしまうという、従来と何も変わらないパターンを繰り返すだけになってしまうかもしれない。また、ブランディングから入っていくデザインにしても、コンサルティング会社を入れるとお金も時間もかかるため、上司も私もやりたくありませんでした。

 そこでもっとスピーディーに効率よくできる良い方法がないかと悩んでいるとき、ウェブデザインを担当しているデザイン会社から提案がありました。彼らは、素早くプロトタイプをつくり、お客さまに直ちに試してもらい、そのフィードバックを使ってステイクホルダーたちを説得し、デザインを進めていくやり方を提案してきました」