猪木氏が批判されても
訪朝を繰り返す理由

 猪木氏は、批判されても訪朝を繰り返す理由をこのように述べている。

「おれが言いたいのは、ドアを閉め切る外交というのが世界中どこにあるのかということです。話し合いもしないで、どうして解決するんですか(中略)制裁をかけたら『ごめんなさい』と言うほど、相手は甘くない」(週刊朝日2010年11月12日)

 もちろん、北朝鮮の核を認めてまずは話し合おうなんてのは論外だ。政府は強硬な姿勢をとるべきで、もし猪木氏が閣僚であれば、勝手なスタンドプレーは許されることではない。しかし、幸いというか、猪木氏は無所属議員に過ぎない。これまで長い時間をかけて培ってきた北朝鮮との信頼関係もある。そんな猪木ルートまで断絶して、話し合いの道をすべて閉ざすことで、この問題を解決できるとは思えない。

「朝日新聞」にディスられた朝河はくじけることなく、「反省ある愛国心」を説き続けた。

 中国大陸で権益を拡大する日本を批判。当初の志である清帝国の独立や領土保全、列国民の機会均等のために、さっさと中国から撤退すべきだと訴えた。そんな国益に反することを唱える人物が、日本に圧力をかける米国の大統領に働きかけ、畏れ多くも天皇へ親書を送ろうと奔走する。その時代の「愛国者」たちからすれば、大ヒンシュクもののスタンドプレーだったことは言うまでもない。

「アメリカの回し者」だと白い目で見られていた朝河が、70年経ってガラッと変わって英雄とされているように、猪木氏の訪朝もいつか評価される時代がくるのではないか。

訂正

1)記事初出時、猪木氏が1990年にキューバのカストロ前議長と面会したことで、89年の昭和天皇崩御の際にキューバが1週間半旗を掲げたとも読める表現がありましたが、実際には猪木氏はカストロ氏との面会前からキューバで名声を得ていたため、誤解を防ぐために文章を補足しました。

2)同じく猪木氏がパキスタン国王から祝福されたとの記述があり、猪木氏の著書「闘魂外交」(プレジデント社)の記述を参考にしたものでしたが、実際にパキスタンには国王はいないため、パキスタン政府と改めました。

2017年9月12日 ダイヤモンド・オンライン編集部