大阪・西成「あいりん地区」に通い、ホームレスたちの苦しみを見つめてきた記者が、“あそこはドヤの田園調布やで”との言葉に興味を持って訪れた東京・山谷地区。確かに、ここのホームレスたちは、なかなかに快適で優雅な暮らしを送っていた。(フリージャーナリスト 秋山謙一郎)
ドヤ街の田園調布!
冷暖房完備のホームレス生活
「山谷?あそこは“ドヤの田園調布”やがな。ここと比べもんになるかいな。あっちは快適やで!」
時折取材に訪れる大阪・西成の「あいりん地区」。10年前まで、東京・山谷の“ドヤ街”で暮らしていたという70代男性は、ヨレヨレの作業服の袖でハナを拭きながら、ワンカップ酒を美味そうにごくっと一気にあおり、フィルターぎりぎりまでタバコをふかしつつ、東京のドヤ街・山谷と西成の違いを話してくれた。
ドヤとは、「宿(ヤド)」を意味する日雇い労働者たちの隠語だ。ドヤは広くて3畳、窓がないために日の当たらない部屋が多く、タバコと酒、他人の吐瀉物の入り混じった“西成の匂い”が染みついた布団で寝なければならないなど、およそ人が暮らせるような環境ではない。とても「ヤド」とは呼べない代物なので、これをひっくり返して“ドヤ”と称したのだという。
今、日本にドヤ街は3つある。最大規模を誇る大阪・西成、横浜・寿町、そして、もっともその規模が小さいといわれる東京・山谷である。“ドヤ街の田園調布”と異名を取る東京・山谷とはどんなところなのだろうか?
都心の繁華街・銀座から都営地下鉄・日比谷線に乗ること約25分、南千住駅を降りて、大人の足で10分も歩くと、まるで警察署かと見紛うような大きな交番がある。これが全国の日雇い労働者たちの間で「マンモス交番」と呼ばれる警視庁浅草警察署の日本堤交番だ。事実、同じ警視庁の町田警察署忠生地区交番が完成するまでは、日本最大の交番だったという。
かつて、労働者たちの暴動に備えて、他の交番よりも数多くの警察官を配備するため、大きな建物にしたといわれるこの交番だが、周囲を鉄の塀で覆っている西成の「あいりん地区」内にある大阪府警西成警察署とは違い、周囲を圧倒するような緊迫した空気は微塵も感じられない。ごく一般の街並みにある「大きな交番」といった佇まいだ。西成と違って、路上でたむろして酒を呑み、バクチに興じている人もいない。
この「マンモス交番」から東に歩くこと3分程度、ここに山谷のドヤ街の拠点ともいえる「玉姫公園」がある。公園の周囲には、誰かが生活しているのだろう、ブルーシートの“住みか”がある。そのブルーシート横には、いくつかの「太陽電池」もあった。
「この太陽電池があるから、パソコンもできるし、テレビも観られるよ。まあ、わざわざブルーシートのなかで観ることもないのだけど。自家発電機もあるから冷暖房も大丈夫だし。この夏は雨が続いて湿気が多かったけど、特に、不自由はしなかったね」