どうしてそういうことを始めたのかと言えば、中堅化学メーカーは石油コンビナートに入っていなかったからです。私たちは、大手化学メーカーのように敷地内で配管を接続するなどして、原料を調達(融通)することができない。そうした立地上の不利をカバーしようと考えたのです。今も覚えていますが、福島県の小名浜港からいわき事業所(工場)まで、10キロメートルほど原油のパイプラインを引いていましたね。

 このプロジェクトが頓挫したことにより、会社は危機的な状況に陥りました。しかしながら、それで副産物を活用する技術を確立できました。後に、炭素繊維や活性炭の開発へとつながり、さらには慢性腎不全用剤「クレメジン」(球形吸着炭)の開発へと広がりました。諦めが悪いのも、クレハのDNAなのかもしれません(笑)。

今日のクレハは
スピードが遅い

――16年度の業績は、連結売上高1323億円、営業利益は93億円でした。売上高の構成は、機能性プラスチックなどの機能製品が334億円(25.2%)、家庭用品などの樹脂製品が428億円(32.3%)、医薬品・農薬などの化学製品が259億円(19.6%)、エンジニアリングなどの建設・その他関連が303億円(22.9%)と、4分野がバランスしています。しかし、小林社長は、改革と革新を訴え続けています。

 はい。今年で創業73年を迎えたクレハにとって、“大転換”の真っただ中にあるという認識です。私は、この転換期をスムーズに乗り越えられるかどうかで、クレハの将来が決まると考えている。現行の中期経営計画では、16~18年度を「将来の発展に向けた土台づくりの期間」としています。17年は、企業風土改革の年です。

 過去の歴史を振り返ると、クレハという会社は、ある特定の非常に強い高収益事業の存在によって会社全体の収益が支えられてきました。その一方で、その事業が成熟期から衰退期へと向かう過程で、なかなか思うように新しい事業が立ち上がらず、業績が悪化するという事態を繰り返してきました。

 しかし、現在は会社を取り巻く環境が激変しています。一例を挙げると、医薬品があります。この分野は、高収益事業の代表選手でした。クレハは、医薬品(最終製品)を生産していますが、認証などで強固に守られているために競合というものが存在しなかった。開発には時間とお金がかかるものの、いったん採用となればある程度の購入量が保証されることから、収益に大きく貢献してくれました。