そこで兄2人と同じく父に弟子入り、リサイクル業の鑑定士として修行を始める。今度のユニフォームは、麦わら帽子にTシャツ、Gパンだった。扱っていたのは、一般家庭の白物家電や飲食店の冷蔵庫などの厨房器具。路上に大きな電気機器を並べ、洗って販売する生活が始まった。月給は22万円、ガンバ時代の450万円からは大きく下がったが、「辛かったという思いはないですね。これくらい当たり前という感覚」(嵜本)だったという。

 2年の修業期間で特に鑑定眼が鍛えられたのは、潰れた飲食店の厨房器具の買い取りだ。潰れた飲食店のオーナーは資金面で困窮していることが多く、1円でも高く売りつけようとする。そこを冷静に判断し、適正価格で買い取った上で新たな飲食店に販売する。シビアな見極めが必要だ。

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「厨房機器だけじゃなくて何でも買い取りました。単一のアイテムだけ鑑定できるようでは通用しない」

 さらにこうした「修業」は、意外な“副産物”をもたらした。

「いろんな店に出入りしていると、潰れる理由やうまくいかなかった理由などが分かるようになるんです」

 例えば店の立地などは大きな要素だが、オーナーや従業員の態度、店の清潔感…。客の目線では分からない情報がたくさん転がっていた。サッカー一筋だった嵜本からすればすべてが新しく、面白い情報。貪欲に学んでいった。

 だが、鑑定士を続けながらも、ある“危機感”を抱くようになる。それは「新製品の価格自体が下がってきており、家電だけでは儲からなくなるのでは」ということだった。そんな時、「白物家電が一家に1台あるように、ブランド品も一家に一つはある。一緒に買い取ってほしいという依頼が少しずつ増え始めたんです」。

 ブランド品なら家電などと異なって、体積も小さく場所も取らない。そこでブランド品の買取に特化して、2007年に大阪・難波に買取専門店を出店。今の「なんぼや」の前身とも言える1号店だ。

「『なんぼや』が重視するのはコミュニケーション。他社より買取価格が安くても、『お兄ちゃんの接客が気持ちよかったから売るわ』と言われた経験が何度もあったんです」。買取価格がすべて、と思いがちだった嵜本にとっては驚きだったが、それが自信に変わった。