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原英次郎の「強い中堅企業はここが違う!」 トップに聞く逆境の経営道

56歳で起業、創立から8年目で年商16億円
職人芸の世界をシステム化した
翻訳会社「アラヤ」中嶌重富社長のきまじめ経営【前篇】

原英次郎
【第25回】 2011年11月4日
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アラヤ(本社:東京都目黒区)は新興の翻訳会社である。同社が主に手掛けるのは、工業製品の操作マニュアルやカタログ、広報・IRの文書といった「産業翻訳」「ビジネス翻訳」の分野だ。社長の中嶌重富氏が、同社を設立したのが2004年4月だから、社歴はまだ10年にも満たない。にもかかわらず、2010年度(12月決算)の売上は14億5000万億円、最終利益は2000万円をあげた。今2011年度の売上は16億円を見込んでいる。中嶌氏がアラヤを起業したのは、56歳のとき。サラリーマンでいえば、無事会社を勤めあげ、定年まであと数年という時だ。なぜ、敢えて起業というリスクの海に乗り出したのか。

それは勤めていた会社が
買収されたことに始まった

なかじま しげとみ/1947年東京都生まれ。66年東京都立千歳が丘高校卒業後、三井銀行に入行、国領支店、蒲田支店、恵比寿支店などを経て、名古屋駅前支店融資課長、神保町支店得意先課長を歴任。89年7月末同行を退職。同年8月に翻訳会社の常務取締役に就任。2004年2月末に同社を退社し、同年4月にアラヤを設立し代表取締役に就任。

中嶌社長:私は1966年に高校を卒業して三井銀行(現三井住友銀行)に入り、41歳のときに、銀行の取引先であったID社という翻訳会社にスカウトされました。それが1989年の8月1日。それから退職する2004年の2月まで、その会社にお世話になりました。

 それで、なぜ会社を興したかというと、実はそのスカウトされた会社が売却されてしまったからです。その会社のオーナーさんは女性だったのですが、もう60歳も過ぎて体力も相当厳しいというというのが、その理由でした。

 私は14年も勤めており、会社を買った新しいオーナーさんにしてみると、「ノウハウだけは置いていってもらって、できれば早く辞めてほしい。あなたの給料も高いし」というのがあったのかもしれません。いずれにしても、そういった雰囲気がありましたので、売却されてからほぼ1年半後に、ある程度ノウハウを伝えて、退職することにしました。

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