世界一のコンサルティング・ファームとして知られるマッキンゼー・アンド・カンパニーは、リーダー育成機関「マッキンゼー・アカデミー」を通じて、世界中の組織・企業でのリーダーシップ開発を支援している。今回、マッキンゼー・アカデミーのチェアマンが、同機関で教えているリーダーシップ開発法を解説した書籍『マッキンゼーが教える科学的リーダーシップ』の待望の邦訳が発売された。165社におよぶ選ばれたマッキンゼーの顧客企業の37万5千人の社員への調査により科学的に証明されたリーダーシップ理論「インスピレーショナル・リーダーシップ」を、実地に学べ、役立つツールとして紹介する(翻訳・吉良直人)。

インスピレーショナル・リーダーシップの
4つの要素

 私たちはトップダウン・アプロ―チと洗練された実行能力に加え、それらの段階を超えるリーダーシップ行動に焦点を当てることを意図している。つまり、例外的に優れた組織を築くうえで、必要とされるリーダーシップの要素に焦点を当てるのである。すなわち、インスピレーションを与えるリーダーシップに焦点を当てるのだ。

 インスピレーショナル・リーダーシップについて書かれたものは多く、したがってその定義もさまざまである。私たちはインスピレーショナル・リーダーシップを、「リーダーがフォロワーたちに、行動と変革に対するコミットメントを与え、彼らが行動をとれるようにする『内なる動機づけ』を生み出すことを目的とする、一連のリーダーシップ行動」を言うものと定義する。

 私たちの定義では、インスピレーショナル・リーダーシップには、以下の4つの要素が含まれる。

1.インスピレーショナル・リーダーシップは、複数の行動から構成される。そのため、インスピレーショナル・リーダーシップは、状態(ポジティブであり、ビジョナリーである)を説明するものであり、人によっては暗黙の前提として、インスピレーショナル・リーダーシップは生来の特徴であると考える。しかし、人がリーダーシップを発揮するのは、行動と態度においてである。

 インスピレーショナル・リーダーシップを複数の行動から構成されるものと定義することにより、私たちはインスピレーショナル・リーダーシップを学ぶことのできるスキルに変えたのである。つまり、意識的で意図的な行動と練習を継続することにより、誰でもが学び、身につけることのできるスキルなのである。

2.インスピレーショナル・リーダーシップには、他の人たちの本当の「内なる動機づけ」、価値観、感情が含まれている。インスピレーショナル・リーダーシップをトレーニングする場合、リーダーは組織の人たちが重要だと考える価値観に訴えたり、感情に訴えたり、その両方を同時に刺激する。他の人たちの価値観を刺激する例としては、弁護士が陪審員の正義感に訴え、自分の意見に寄った決定をしてもらおうとすることがあり、ヘルスケア事業のリーダーが、人の生命の尊さという価値観に訴え、組織が行動をとるよう説得することなどが挙げられるだろう。

 感情の高まりの例としては、スポーツのコーチが自身のチーム・メンバーを鼓舞し、敵対するチームに怒りを向けさせる場面で見ることができるし、政界のリーダーが選挙で勝つために、投票者の感じる焦燥感や不安感に訴える演説をする場面で見ることができる。

3.インスピレーショナル・リーダーシップは、目標志向である。インスピレーショナル・リーダーシップは、自分のフォロワーたちに力を与えるだけでなく、彼らのコミットメントを一連の行動に結び付ける決意を固めさせなければならない。

4.インスピレーショナル・リーダーシップには、目標の設定、権限移譲、説明責任の付与、あるいはフィードバックを与えるなどの、人々に力を与える行為も含まれている。インスピレーションを与えることにより、人々にエネルギーを与え、方向を指し示したとしても、示された方向に向けて行動をとる自由を彼らに与えなければ、無価値である。

 インスピレーショナル・リーダーシップに関する私たちの定義は、他の一般に使われている定義とは異なっている。たとえば、経済誌「フォーブス」では、リーダーが楽観的で、自らロールモデルとして行動し、熱意を発揮し、あるいはみんなの参加を求める場合、と定義されている。

 こうした要素のすべてには、インスピレーションの要素が一部は含まれているものの、どれも私たちの言うインスピレーショナル・リーダーシップとは完全には一致しない。

◆楽観的であるというのは、行動ではない。だが、他の人たちに未来について前向きの、自分も加われる姿を示すことは行動だ。しかしながら、これは、リーダーが人々の価値観と感情に対して語りかける場合に限り、インスピレーショナル・リーダーシップの一形態である。たとえば、リーダーは自社組織の未来を疑いもなく業界随一の企業として描くかもしれないが、世の中の人たちの生活を変えることが会社の最大の使命であることを入社した人たちに告げなければ、社員にインスピレーションを与えることはできないのである。

 さらに、インスピレーショナル・リーダーシップは、必ずしもポジティブである必要はない。「ネガティブな」感情を引き起こすことも、インスピレーショナル・リーダーシップの形態の1つなのだ。たとえば、リーダーは組織のエネルギーを変革に結集するために、競合に対する怒りをかき立てたり、経営破たんの恐怖を語ったりすることがある。

◆ロールモデルであることもまた、行動ではない。良い価値観のロールモデルとなることはインスピレーショナル・リーダーシップの一形態ではあるが、それはリーダーが、組織の構成員にとり大事だと考える価値観を体現する場合に限定される。なぜなら、リーダーが体現する価値観(彼または彼女の価値観)が組織の構成員の大半が考えている価値観と切り離されていたなら、ロールモデルとなることが効果を発揮しないこともあるからだ。

 たとえば、リーダーは企業の財務成果の達成を目指し、ロールモデルとして努力を傾けるかもしれないが、社員が顧客サービス、チーム内の接触の質、あるいは協力関係を財務成果よりも重要だと考えるなら、リーダーの努力は社員にインスピレーションを与えることはできず、失敗に終わるだろう。

◆社員に力を持たせるエンパワーは、社員の参加を求めることではない。本書の後半で検証するが、エンパワーは、単にコンサルテーションなのである。エンパワーに必要なのは、責任を持たせて権限移譲し、人々に自分たちの業績と成果に関して、真の説明責任を持たせることなのである。

 インスピレーションを与えることは、社会的影響力を与える数多くの形態の1つである。インスピレーショナル・リーダーシップについて考察を深める前には、社会的影響力の科学を理解し、インスピレーションを与える企業が他の形態の数々をどのように使っているのかを考えてみる必要がある。(次回へ続く)