北朝鮮は、米中関係悪化の火種となるのか? 台頭する新興国と、守りに入る覇権国の衝突がいつしか「引くに引けない」状況に追い込まれて戦争に突入する――。その要件を、過去500年の事例から分析し、現代の米中関係への示唆を提示した、アメリカ2017年上半期のベストセラー歴史書『米中戦争前夜 新旧大国を衝突させる歴史の法則と回避のシナリオ』。著者のグレアム・アリソン教授はハーバード大学ケネディ行政大学院の初代学長で、政治学の名著『決定の本質』(日経BP社)の著者として知られ、しかもレーガン~オバマ政権の歴代国防長官の顧問を務めた実務家でもあります。壮大な歴史から教訓を得て、米中関係を中心に世界のパワーバランスはどう変わるのか、そしてそのとき日本はどう動くべきか、を考えるうえの必携書である同書発売を記念して、船橋洋一氏による日本語版限定の序文の一部をお届けします。

 2017年6月末、中国・大連で行われた世界経済フォーラム(WEF)主催の「夏季ダボス会議2017」に招かれた際、中国出身の朱民・国際通貨基金(IMF)前副専務理事と話す機会があった。

 話が北朝鮮の核問題に及んだとき、朱氏は次のように言った。

 「米中関係における最も危険なリスクは、北朝鮮の核危機の管理の失敗です。軍事的解決などはありません。それは解決ではない。壊滅的破局です。米朝の話し合いをただちにすべきです。今、米朝の両首脳が学ばなければならないのは、キューバ危機のときの米ソの両首脳の冷静な判断と戦略的思考です」

北朝鮮の動きがどう波及するか?

 「米中はまだ、米朝のような危機一髪の状況にはありません。しかし、米中が北朝鮮の危機の対応に失敗すれば、米中関係も危うい。北朝鮮をめぐる不可測事態が米中関係を一気に悪化させるリスクがある。われわれは下手をするとトゥキディデスの罠にはまる危険があることを忘れてはなりません」

 朱民氏の指摘は、いずれもそのとおりである。

 たしかに、キューバ危機はそうした両国の「自制」が最後は働いた。

 しかし、世界的に著名な国際政治学者であるグレアム・アリソン・ハーバード大学教授が本書『米中戦争前夜 新旧大国が衝突する歴史の法則と回避のシナリオ』でも指摘しているように、キューバ危機の13日間に、ひょっとして戦争になったかもしれない不可測の出来事が実は10件以上もあった。

 米朝で、そのような不可測な出来事が起こらない、という保証はない。

 いや、米中でもそのような不可測な出来事は起こりうる。

 もちろん、米中双方はこれまで半世紀近い間に、関係調整の経験も積んだし、そのための人脈も築いてきた。両国とも核保有国かつ国連安保理常任理事国であり、米中間の核戦争はまずありえない。

 にもかかわらず、第一次世界大戦の例を引くまでもなく想定外の戦争が起こるのが人間の歴史である。

 翻って、紀元前5世紀。古代ギリシャ世界は、急激に台頭する海洋都市国家アテネと支配国家として采配する内陸指向国家スパルタが、それぞれ同盟国を従え対立していた。

 両国の平和と安定を維持する試みは何度となくなされたし、他のどの国も戦争は欲していなかった。しかし結局、アテネとスパルタは戦争になだれ込んだ。戦争は、30年近く続いた。

 ペロポネソス戦争である。

 この戦争に従軍し、それを活写し、その戦争の原因を分析したのが、アテネの歴史家トゥキディデスだった。