AI(人工知能)、ゲノム編集、自動運転、フィンテック、IoT……世間をにぎわす最先端のトレンドは、すでに十何年も前から姿を見せていた。スマートフォンもしかり。1997年、東京・秋葉原で、著者エイミー・ウェブは、やがて大きなうねりとなる「シグナル」をたしかに聞いた――。
あらゆる予兆は、今この瞬間、どこかに現れている! 次なる「主流“X”」の見抜き方とは? その秘訣の一部を、『シグナル:未来学者が教える予測の技術』から無料公開する。

エイミー・ウェブ
未来学者。その研究成果は『ニューヨーク・タイムズ』『ハーバード・ビジネス・レビュー』『ウォール・ストリート・ジャーナル』『フォーチュン』『ファストカンパニー』などの主要メディアに掲載される。コロンビア大学でメディアの未来の講師を務め、ハーバード大学のビジティング・ニーマン・フェロー(2014-2015)。日本語検定二級をもつ親日家。
© Mary Gardella Photography

シグナルが聞こえた

 未来はある日突然、完璧な形で立ち現れるわけではない。少しずつ、姿を見せる。最初は社会の端っこに、ぽつぽつと出現する。初めから主流であることは決してない。何の脈絡もなく登場するので、点と点の間には共通点も関連性もなさそうで、意味のあるつながりを見出すのは難しい。

 しかし徐々に一定のパターンが形成され、まぎれもないトレンドとなって浮かび上がる。たくさんの点が収斂(しゅうれん)し、一つの方向性や傾向を指し示すようになる。何らかの人間のニーズと、それを実現する新たなテクノロジーを組み合わせ、未来を形づくる力となる。

 私がこの真理を発見したのは、その昔、まだ20世紀の日本に住んでいたときだ。

 *  *  *

 地下鉄の出口を出ると土砂降りの雨で、すぐにジーンズの裾がぐしゃぐしゃになった。あたり一帯に甲高いアニメ声とコンピュータの電子音が鳴り響き、あまりの情報量にくらくらする。

 日本語の地図を持っていたが、雨のせいで文字がにじみ、まるで読めなくなっていた。私は高架下に立っていて、目の前には何の変哲もない扉があった。だが、待ち合わせたはずのハッカーの友人の姿はどこにもなかった。もしかして、場所を間違えたのかもしれない。

 コートのポケットに手を突っ込むと、曲がりくねった路地を縫うように歩きはじめた。両脇には、回路、マザーボード、ケーブル、ワイヤカッター、大小さまざまなプラスチック部品を売る店が立ち並んでいる。さらなる情報。さらなる騒音。「路上喫煙禁止」の標識がそこら中に立っているが、目の前を歩いている男性たちはおかまいなしだ。

 しばらくして、私は小さな電気店の前で足を止め、もう一度地図を見ようとした。すると、おずおずとした声が聞こえた。

「こんにちは。迷ってるの?」

 振り向くと、コンピュータ・オタクが立っていた。オタクと呼ばれる人たちのなかでも、かなり年かさのほうだ。店内には分解されたタワーパソコンの脇に、古びた『パソコンゲーム』や『Oh!X』のバックナンバーが山積みになっていた。私は、秋葉原に足しげく通っている友人と待ち合わせをしていること、その友人は携帯電話で遊べる新しいタイプのゲームをつくっていることを説明した。すると男性は意味深な笑いを浮かべ、店の奥のカウンターに手招きした。

 ガラスのカウンターの上には、小さな携帯電話が二台あった。男性は一台を私に渡し、「ちょっと待っててね」と言った。そしてもう一台を手に取ると、英数字の文字盤を叩きはじめた。すぐに私のスクリーンにメッセージが浮かんだ。日本語で「こんにちは」と書かれている。携帯電話間のメッセージサービスを目にするのは初めてではなかったが、相手の気を悪くさせないように「あら、すごい」という顔をして見せた。

 すぐに次のメッセージが届いた。今度は文字が青く、下線が入っている。ウェブアドレスのようだが、そんなことはありえない。1997年当時、アメリカの最先端のモバイル・テクノロジーといえば、収納式アンテナのついた1Gの折りたたみ式携帯電話だった。目の前にあるのは、まったく違う代物だった。

 「試してみて」と彼は言った。私がボタンを押すと、何かをダウンロードしはじめた。

 「ちょっと待って……これって着メロ? 私、インターネットとつながっているの?」

 スクリーン上でカーソルを動かし、リンクに合わせて「エンター」キーを押してみた。そのとき、あらゆる騒音と情報が、意味のあるノードへと姿を変えた。シグナルが語っていた。私にはそれが聞こえたのだ。私が手にしていた電話は、社会の端っこで生まれた新たな実験であり、すばらしい発明だった。私は、すべての端末がインターネット、ウェブサイト、さらには新幹線の時刻表に接続した携帯電話ネットワークを思い浮かべた……。

 もう一つ、シグナルが聞こえた。情報を受け取ることができるなら、間違いなく受身的かつ直接的に、こちらからも情報を出さざるをえなくなるだろう。携帯電話で直接列車の切符を買うようになり、ネットワークの運営会社はわれわれが何をクリックしたのか、何をダウンロードしたのか、こと細かく把握するようになる。サービス・プロバイダーの収益はユーザーの利用状況と連動するので、できるだけ帯域を広げ、高速の接続を提供するインセンティブが生じるだろう。

 もう一つ、シグナルが聞こえた。私の頭に、それまで耳にしてきた数々の先端的研究が浮かんできた。日本でははるかに多くのユーザーが同時に接続できるような、はるかに高速な携帯ネットワークが導入されようとしていた。容量が増えれば高速化にもつながり、他の端末にファイルを送信することも可能になる。

 もう一つ、シグナルが聞こえた。デジタルカメラは小型化が進んでいた。ダートマス大学のある工学教授は、ペンに埋め込めるほど小型のアクティブ・ピクセル・イメージセンサー(APS)を開発していた。シャープと京セラは画像センサーを携帯電話に埋め込もうとしていた。日本の十代の若者は「プリクラ」に夢中だった。友達と足しげく通い、ポーズをとって撮影する。インタラクティブなスクリーンを操作して背景を選び、落書きしてシールを印刷する。

 耳を澄ませていると、シグナルは私を周辺のノードへ次々と結びつけてくれた。私の知人には、わずかながら関連性のあるプロジェクトに取り組んでいる人たちがいた。ニューヨークのベンチャー企業は、大学の研究者からeメールを力づくでもぎとり、商業化していた。一般人が初めてネットに接続するや、この新たなメディアに釘づけになり、コンピュータ同士でほんの数秒で高速にショートメッセージを送り合えることに胸を躍らせていた。商業用メールネットワークのブームが沸き起こり、需要に供給が追いつかないほどだった。

 同時に、消費者の行動も変わりはじめた。一段と高速な通信を要求するようになり、実際にそうなった。気取ったメールアドレスを使って、デジタル・アイデンティティをつくり出した。「全員に返信」というコマンドも使えるようになった。自らのメッセージを、聞く耳を持った大勢の聴衆に一斉に届けられる未来型の拡声器である。

 さらにカリフォルニア州サニーベールでは、マッドサイエンティストとでもいうべきエンジニアの一群が、八〇年代初頭に世界初の自動車ベースのGPSを生み出していた。それまで存在したどんな製品ともまるで違っていたので、わざわざ古代ポリネシア語から表現を借りてきたほどだ。新製品は「イータック・ナビゲーター」と命名された(「イータック」はポリネシア語で「移動するナビゲーション・ポイントの集合」の意味)。
あまりにも時代の先を行っていたので、普通の消費者にはその価値はほとんど理解されなかった。イータックの創業者がインク誌で壮大なビジョンを語る記事を読んだことがある。

 「あなたがクルマに乗って、夕食に出かけるとしよう。ダッシュボードにはイータックが載っている。『日本食』『安い』『おいしいスシ』と入力するだけで、あとはイータックが目的地まで連れて行ってくれる」

 イータックは実用化しなかったが、あの日、秋葉原の真ん中で黒い携帯電話を握りしめながら、私はこの端っこのテクノロジーの進化形を使いこなす未来の自分を、ありありと思い浮かべることができた。「おいしいスシ」と端末に打ち込み、ハッカーの友人に待ち合わせ場所となる店のGPS情報をテキストメッセージで送る。写真を撮るためにわざわざカメラを持ち歩き、現像してアメリカの両親のもとへ郵送する代わりに、ビデオ通話でリアルタイムで寿司を映してみせる。

 突如として私は、自分が迷ってなどいないことに気づいた。シグナルは語っていた。端っこから生まれた実験的電話機が、いずれどのように世の中の主流となり、未来の生活のあらゆる側面を劇的に変えていくかを伝えていた。私は来るべき、ケタ外れの変化の物証を手にしていたのだ。

 それはビジネスのあり方、われわれの働き方、学び方、お互いのつながり方を変えるだろう。知識へのアクセスを平等化し、われわれの関心の範囲に影響を与え、脳内の神経経路を変えるだろう。生活のペースを速め、誰もが瞬時に情報にアクセスできることを当然と思うようになり、それは必然的にオンデマンドでモノやサービス、コンテンツを手に入れる文化につながるだろう。

 「未来から来たんだね」。年かさのコンピュータ・オタクがつぶやいた。

 「違うわ」と私は答えた。「未来からじゃない」

 なぜならそのとき、男性の営む秋葉原のちっぽけな電気店で、われわれはまさしく「現在」にいたのだから。携帯電話はどこかの未来から1997年にタイムトリップしてきたのでもなければ、われわれの運命があらかじめ星座に刻まれていたわけでもない。シグナルが語るのに耳を傾け、どんな未来を描くかはわれわれ次第なのだ。

<第3回に続く>