ADHDで転職3回!
フリーランスになるまでの苦悩

 満員の通勤電車にしんどい思いをしながらイヤイヤ乗り、会社に着いたら着いたで、大した仕事もないのに机の前にいなきゃいけない…。ただ上司の言うことに従う時間だったりするサラリーマンも多いはず。「会社に行く」ことに、あまり幸せなイメージを持てない人の方が多いのではないだろうか? 

 かといって現実的には、いきなり会社勤めを辞めてしまうのはかなりの勇気が必要だろう。誰にでも「生活」がある。一定額のお金を稼がないと生活できない。特に家族がいれば責任がある。

 しかし、世の中には、面倒な会社勤めはしないで、かといって完全なフリーランスではない、「いいとこ取り」をうまく実現した画期的な人が存在する。

フリーランスのたかぎさんは自身のWEBサイト「たかぎりょうこ.com」で情報発信をしている

 コミックエッセイ作家でもあり、中国語の通訳・翻訳者でもあり、就活アドバイザーでもあり、靴デザイナーでもある「職業不詳」のフリーランス、たかぎりょうこさん。恐ろしいほどのバイタリティとスキルがありそうだが、どのような人生を送ってきたのだろうか? 

「私はADHDという発達障害を持っていて、同じことを繰り返すということが苦手なんです。大人になってから診断されたのですが、高校生のあたりから毎日遅刻をせずに登校することすらダメでした(笑)。よって就職も、最初から自由な働き方ができる会社でないといけなかったんです」

「そこで大学時代に身につけた中国語のスキルを活かして、台湾系のスピーカーメーカーで日本オフィスの立ち上げという仕事をしました。日本人社員は私1人。責任もありましたが、自由に働けるのが魅力でした。しかしわずか3年で日本から撤退してしまい、中国進出予定の大手金融会社に転職しました。でも古い日本企業ゆえの決まりごとの多さが窮屈で、1年半ほどでIT系のベンチャー企業に転職しました。けれどそこには、『殺らなければ殺られる』みたいな経営派閥争いがあって、私、ストレスで巨大な円形脱毛症になってしまったんです」

 たかぎさんは決して順風満帆な人生を送ってきたのではなく、むしろコンプレックスと戦いながら働き方を決めてきたようだ。いわゆる「社会人として」的なスタイルが体質的に合わなかったのだ。