弁護士会の存在を否定した
アディーレの“傍若無人”

 石丸の東弁会長選への立候補から6年後、15年の東弁副会長選。この選挙では当時34歳、司法修習64期のアディーレ所属弁護士が立候補した。結局落選したものの、この一件は全国の弁護士たち、とりわけオールドスタイルの真面目な弁護士たちに衝撃を与えた。

 まず彼の公約である。「弁護士会を任意加入団体へ」「会費半減」を打ち出した。平たく言えば、弁護士会が持つ絶大な権限とカネに踏み込んだのだ。

 そもそも弁護士会が強制加入団体となったのは戦後のことである。戦前の暗い時代、対立する検察や裁判所側が「監督権」を用いて弁護士の動きを封じ込めたことへの反省から、戦後は日本弁護士連合会(日弁連)に弁護士の監督権を委ね、「弁護士自治」を徹底したという経緯がある。

 これを真っ向から否定することは、日弁連をはじめとする弁護士会への否定に繋がる。さらに関係者を驚かせたのは、このアディーレ所属弁護士が掲げた公約に305票もの票が集まったことだ。歴代の副会長最下位当選者は522票、トップ当選者でも909票である。「泡沫候補扱いだった」(東京弁護士会所属弁護士)にしては、善戦したといえよう。冒頭で紹介した元関西の弁護士会副会長経験弁護士が語る。

「弁護士会を否定する弁護士は弁護士に非ず――法律家としての分をわきまえず、弁護士をビジネスと考えるアディーレへの風当たりは、この副会長選をきっかけにますます強くなった。それも今回の処分に繋がった遠因ではないか」

 皮肉なことに、アディーレの急成長を支えたのは、司法制度改革で解禁された広告と報酬自由化であった。

「彼らは派手に広告を打ち、顧客を大勢集めていたが、その究極の目的は何だったか。依頼者のためではなく、自己のカネ儲けだけだろう。それは『法律家』ではなく『法律屋』だ。今回の処分は『法律屋』はいらないという、弁護士会としての“時代のケジメ”をつけたということだ」

 弁護士は公務員ではない。だが「公的な」「公のこと」に携わる職業である。ごく一般のビジネスのように、派手な広告宣伝を行い、高い収入を得ることそのものを目的としてはならない、また、そのように映る行動は厳に戒めなければならない、というのがオールドスタイルの弁護士たちの言い分である。そして彼らは、今回のアディーレへの処分は、一連の司法制度改革以降増えたと言われる、“カネ儲け”に走る「法律屋」弁護士たちへの、弁護士会としてのメッセージである、と考えているのだ。

 前述したように、懲戒委員会は弁護士の意向のみが反映される組織にはなっていないため、アディーレ嫌いの弁護士たちの考えがダイレクトには反映されるわけではない。にもかかわらず、このように信じている弁護士は少なくない。

 司法制度改革は、さまざまな面で弁護士の環境を激変させた。強烈なビジネスの論理を持ち込んで、毀誉褒貶を受けながら急成長したアディーレのような存在も生んだし、一方で食えない弁護士を大量に輩出もした。次回以降、この司法制度改革が弁護士界に持ち込んだ変化をレポートする。