つまりは行動のハードルをできるかぎり低いところまで下げることが、習慣を作る第一歩。少なくとも、「○○したい」というモチベーションが起こるのを待つよりも、はるかに実行しやすいはずだ。

 たとえばダイエットに挑む場合、いきなり「炭水化物を絶対に摂らない」などと言い出してしまうと、どうしても続けにくくなる。なぜなら、これほど食文化の発展した国で、炭水化物と無縁の生活を送るのは、よほど状況が整わなければ困難だからだ。

 もし、1~2日ほど外食を避けて炭水化物を摂らずにいられたとしても、3日目の夜に断れない会食がセットされれば、途端にその意志は決壊してしまうだろう。そうなると4日目には、「どうせ昨夜も食べてしまったことだし」と、易きに流れる可能性は高い。困ったことに、一度決壊した堤防からの放流を止めるのは、非常に難しいことなのだ。

 習慣を作るコツは、失敗しようのない小さな行動から始めること。これが『小さな習慣』が説く最大にして唯一のポイントである。

習慣は平均66日で身につく

 それにしても、人の脳とはかくも単純なものかと、溜め息が漏れる思いである。もし、早いうちから脳を手懐ける術を知っていれば、外国語や資格など新たなスキルの獲得に繋がった可能性は高いだろう。

 ところが、脳を制御できないまま数十年も過ごしてきた現実は、失態以外の何物でもない。体験と理論を織り交ぜた『小さな習慣』のアプローチは、そう思わせるだけの説得力がある。なぜなら本書は単なる精神論や体験談に留まっていないからだ。ガイズ自身がそこに科学的な裏付けを求めて奔走し、人間の意志や脳の働きに関するデータを渉猟し続けた成果が、随所に添えられている。

 たとえば、某大学の研究によって明らかにされた、「私たちの行動の約45%は習慣で成り立っている」とのデータを引き合いに習慣を作る意味を説き、有力科学誌に掲載された論文から、「行動が習慣になるまでにかかる日数は平均66日」とのデータを提示。なぜ人の脳が変化を嫌い、逆に習慣化された行動を好むのかが、実に率直に解説されている。その上で、設定すべきは絶対に失敗することのない習慣であれというのだから、これほど読み手に優しい教えはないだろう。

 読後に得るのは、目標に向かって奮い立つ心ではなく、緩やかに前を向く無理のない姿勢であることは、筆者自身が体験済みだ。

 炭水化物を断つのが現実的でないのであれば、まずはお椀1杯の白米を半分に減らすことから始めればいい。晩酌のビールを減らすのが難しいなら、糖質を含まない蒸留酒に切り替えてみればいい。ばかばかしいほど小さな目標は、やがて大きな習慣へと育ち、自分自身に様々な可能性を与えてくれる。

 大切なのは、自らが能動的に設定した行動が、習慣として身につくプロセスを実感することだ。それは日々の生活に新たな武器を手にするきっかけとなるに違いない。