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ベイスターズ再生は高田GM・中畑監督の双肩に
球団監督の“巨人OBブランド”信仰は今後も通用するか

相沢光一 [スポーツライター]
【第185回】 2012年1月10日
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監督・コーチに他球団OBを起用する場合
目立つのはやはり巨人出身者

 松の内も過ぎ、各地からプロ野球選手の自主トレ情報が伝わってくる時期になった。2012年のシーズンがスタートを切ったわけだ。

 今季もさまざまな見どころがあるが、そのひとつに親会社が替わった新生横浜DeNAベイスターズの動向があげられるだろう。再スタートを切るに当たってゼネラルマネージャー(GM)には高田繁氏、監督に中畑清氏が就任。4年連続でセ・リーグの最下位に低迷したチームの再生は巨人OBコンビに託されることになったのである。

 日本のプロ野球球団の監督やコーチといった首脳陣は、その球団のOBが務めることが多い。が、それで好結果が出ない場合は他球団のOBを招へいすることがある。その際、声がかかる確率が高いのが巨人のOBだ。長年球界をリードしてきた名門であり、そこでプレーした人物は知名度があって注目を集める効果があるうえに勝ち方を知っているという期待があるのだろう。沈滞するチームの空気を一変させる人材として、声がかかるわけだ。

 その元祖といえるのが三原脩氏。巨人では選手としては活躍できなかったが、監督として1度リーグ優勝した実績を買われ、1951年、西鉄の監督に就任。9年間采配を振るい、56年からの3連覇を含め4度のパ・リーグ制覇を成し遂げている。また、西武が親会社になってからは広岡達朗氏、森祇晶氏が計13年間監督を務め、そのうちリーグ優勝11回、日本一8回というとてつもない記録を作った。

 巨人OBを監督に招いて成功した歴史を持つのが西武だが、巨人とは別リーグであるパ・リーグの球団は、それをこだわりなく行う傾向がある。球団ができて8年目の東北楽天を除き、すべての球団が巨人OBを監督に起用しているのだ。

 オリックスと合併して消滅した近鉄は、1959年に千葉茂氏が監督に就任。この時の厚遇は大変なもので、それまでのチームの名称「パールス」を千葉氏の愛称だった猛牛の「バファロー」に変えたほど。選手個人の愛称がチーム名になったのは後にも先にもこれだけで、当時の近鉄球団の期待の高さがうかがえる。だが、戦力的に見劣りするチームを勝たせることはできず、指揮を執った3シーズンはすべて最下位に終わった。また、オリックスは1991年に土井正三氏を監督に招いている。

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相沢光一 [スポーツライター]

1956年埼玉県生まれ。野球、サッカーはもとより、マスコミに取り上げられる機会が少ないスポーツも地道に取材。そのためオリンピックイヤーは忙しくなる。著書にはアメリカンフットボールのチーム作りを描いた『勝利者』などがある。高校スポーツの競技別・県別ランキングをデータベース化したホームページも運営。 「高校スポーツウルトラランキング」


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