「専門性」と「データサイエンス」を融合し
人間の考え方を変える

「一般的に、AIや自動運転などの画期的なプロダクトが社会変革を起こすといわれますが、私たちの筋書きは違います。社会変革が起こるのは、科学的方法によって人間の考え方そのものが変わるからです。科学的方法とは、データから論理的な推論により明確な結論を得る方法です。データから論理的に考えられる人が増えれば、あらゆる場面で意思決定のプロセスが変わり、結果的に社会全体が変わっていく。それが私たちの考える社会変革です」

そう語るのは、早稲田大学データ科学センターの松嶋敏泰所長だ。

早稲田大学では、理工系・人文社会科学系の専門領域で得られた知見と最新のデータ科学との融合を図るプラットフォームを提供するため、2017年に「データ科学センター」を設置した。同センターでは、総合知・新しい知の創造と、複雑でグローバルな社会問題を解決できる人材の育成、そして大学全体の研究力の向上を目指している。

現代ではITC(情報通信技術)が大きく発展し、多種多様なデータを容易に収集・蓄積・分析できるようになった。その結果、理工系・人文社会科学系を問わず、あらゆる学問や研究領域においてデータ科学の重要性が高まっている。「専門性」と「データサイエンス」とが融合することで、これまでにない新たな学問や研究の展開や、さまざまな分野における意思決定の変革も期待されているのだ。

実は、早稲田大学とデータサイエンスの結び付きの歴史は長い。

「早稲田大学の創設者である大隈重信は、『現在の国勢を詳明せざれば、政府すなわち施政の便を失う。過去施政の結果を鑑照せざれば、政府その政策の利弊を知るに由なし』という言葉を残しています。国の情勢を明らかにして過去の施政と比較しなければ、政治を執り行うことができないという意味で、今で言うデータ科学の必要性を述べている。実際に大隈は1881年に統計院(現在の総務省統計局・統計センター)を設立し、日本の統計制度を確立しました。データ科学センターは、その大隈の意志を継いでいるといえます」

データ科学センターの主要な活動は三つある。「研究」(データ科学を活用した研究の支援および推進)と「教育」(データ科学を基礎から発展まで学べる環境の整備)、そして「社会連携」(産官学問わず連携して社会問題の解決を行う)である。その中でも注目したいのは「教育」分野、全学の学部・大学院生に対する「データ科学教育プログラム」の提供だ。

3回連載:【早稲田大学「社会を変える知性」】第2回「教育」/専門知識とデータサイエンスを融合。「データ科学センター」が提案する“考え方の変革”とは?「データサイエンスの根底には、データから理論を帰納する人間の知の創造プロセスが流れています」(松嶋所長)
■プロフィール■
博士(工学)。1980年早稲田大学大学院修士課程修了、NECへ入社。退社後91年同大学院博士後期課程修了。横浜商科大学専任講師、早稲田大学理工学部工業経営学科助教授、経営システム工学科教授などを経て、2007年基幹理工学部応用数理学科教授。2017年より早稲田大学データ科学総合研究教育センター(現早稲田大学データ科学センター)所長を務める。

いつでもどこでも学習可能な
フルオンデマンド形式の授業を提供

「早稲田大学データ科学教育プログラムは、個々の専門性にかかわらず、約5万人の全学生を対象に等しくデータ科学教育を届けるという発想に立っています。そのために実践しているのが、フルオンデマンド形式の授業。専攻する専門性にかかわらず、学部・研究科のカリキュラムや時間割に干渉せず、いつでもどこでも学習可能で、各自が自分に合ったスタイルで学習できる。またデータ科学を、統計学、機械学習、AIなど個別に学ばせるのではなく、統一した視点から同時かつ効率的に学べる設計にしているのも特徴です。例えば生成AIについても、こうした早稲田独自の統一的体系に含めることで、 使い方を学ぶだけではなく、その理論的仕組みを理解し、意思決定にどのように活用すべきかを学べる構成になっています」

カリキュラムは「A群、B群、C群、D群」の四つの科目群で構成されている。さらに、データ科学の学びに対する目標を提示し、その能力を「リテラシー級、初級、中級、上級」という形で保証する「データ科学認定制度」が設けられている。例えば「リテラシー級」では、データ科学や統計学の基礎を理論とスキルの両面から学び、教養としてデータサイエンスを知ることができる。1年次から段階的に学習(クォーターごとに1科目ずつ履修)していけば、3年生で「上級」の認定を取得できる。これは、データ科学を自身の専門領域以外でも活用できる(データサイエンスを主な仕事にすることもできる)レベルだ。

「データ科学認定制度は早稲田大学独自のもので、各級所定の科目の単位を修得した学生に対して認定証明書を発行します。認定制度のメリットは、学習の段階的な到達目標になること、就職活動で活用可能になること、企業が人材を見極めるポイントになることです。データサイエンスのスキルと論理的な意思決定能力を持つ人材へのニーズはここ数年で急速に高まっています。この認定制度は2021年度にスタートしましたが、すでに企業側に浸透しており、インターンシップや就職活動で利用されるようになっています」

近年、就職活動の現場では、理工系だけでなく人文社会科学系でもデータサイエンスを学んだ学生を求める動きが強まっている。企業によっては、人文社会科学系で「中級以上を取得している学生」を求めるケースもある。専門分野とデータサイエンスの両方を高いレベルで使いこなせる人材であり、松嶋所長はこうした人材を“二刀流人材”と呼ぶ。

「学生たちに身に付けてほしいのは、データサイエンスのスキルそのものより、問題を解決するときの考え方。そのとき重要になるのは、目的(何を実現したいのか)、前提(どのような前提で考えるか)、評価基準(何をもって良しとするか)の三つです。これらを明確にしなければ、データサイエンスの手法をどれだけ駆使しても望ましい意思決定にはつながらない。私たちが目指しているのは、この“目的、前提、評価基準”を自分で設定し、データに基づいて論理的に意思決定できる人材を育てることです」

多様な学問領域の研究者を
共通言語で結び付けて問題を解決する

早稲田大学は、専門性の高い学術院(学部・大学院)が多様に並び立っており、「一つ一つが別々の大学のようだ」と言われるほど。そこでデータ科学センターでは、センターがハブとなって、学内の研究者同士を結び付けることを目指している。具体的には、研究者交流のためのシンポジウムやワークショップを開催して研究者のマッチングを支援するほか、企業との共同研究を含む大小さまざまな学際的研究プロジェクトの企画や推進を行っている。

「例えば、物理学者と政治学者がいきなり一緒に研究を始めても成果は出にくいですが、データサイエンスという共通の枠組みの中で、互いの理論やデータの解析法を融合し意思決定に落とし込んでいくことで、双方の学者が無理だと考えていた問題にも光が見えてくることがある。いわばデータサイエンスは、異なる専門分野の人たちがコミュニケーションを取るための共通言語なのです。環境問題や世界平和、パンデミック対応のようなグローバルイシューは、価値観や評価基準が入り組んでいるため簡単には解決できません。しかしデータサイエンスのプロセスを共有すれば、解決策が見つかる可能性があるのです」

早稲田大学では現在、学内外で評価の高い「データ科学教育プログラム」を学外にも提供している。他大学や企業(社内教育)へのプログラム提供のほか、社会人教育向けにカスタマイズした「データサイエンス実践講座」をWASEDA NEOで開講している。さらに、外国人留学生向けの英語科目もあるため、今後はグローバル展開も考えているという。

松嶋所長はこう締めくくる。

「大隈重信は“社会を変えるのは教育だ”という信念を持っていました。データ科学センターも派手に構えるのではなく、データサイエンスの考え方を身に付けた人材を地道に育成することで、長期的な社会変革に貢献していきたいと考えています」

早稲田大学Global Education Center (GEC)
総合知で世界人類に貢献する人材を育成する


GECは、全学的な総合知教育の確立を目指し、2013年に設置された。学部の垣根を越えた文理横断型の教育を推進し、たくましい知性としなやかな感性を育む多様なプログラムを展開している。具体的には、「アカデミック・ライティング」「数学」「データ科学」「情報」「英語」など、あらゆる学問の基盤となる科目を体系的に学べる基盤教育を提供している。さらに、キャリア形成やリーダーシップなど、理論と実践を融合した学びによるグローバル人材の育成にも取り組む。とりわけ、データ科学教育の強化は大きな柱の一つであり、「データ科学センター」を中心に全学的な教育体制を構築している。独自のデータ科学認定制度も導入し、専門領域とデータ科学を融合させることで、新たな知を創造できる人材育成を推進している。
3回連載:【早稲田大学「社会を変える知性」】第2回「教育」/専門知識とデータサイエンスを融合。「データ科学センター」が提案する“考え方の変革”とは?GECでは5つの分野の基盤教育「WASEDA式アカデミックリテラシー」を提供している
拡大画像表示
【早稲田大学ウェブサイト】 https://www.waseda.jp/
■Global Research Center https://www.waseda.jp/inst/research/
■Global Education Center https://www.waseda.jp/inst/gec/
■Global Citizenship Center https://www.waseda.jp/inst/sr/
■データ科学センター https://www.waseda.jp/inst/cds/
●問い合わせ先
学校法人早稲田大学
〒169-8050 東京都新宿区戸塚町1-104
【創立150周年記念事業特設サイト】 https://www.waseda.jp/150th/