名人芸を再現可能にする
データ連携基盤

 例えば、自動運転する農機が農地を移動しながら土壌の状態を感知して耕し方を最適化する。また、農地のそれぞれの場所で日照量や温度差、収穫量などを分析する。そのデータに基づき、翌年に農作業の内容を変えていき、収量を増やす。これは従来経験豊かな農家が長年の営農経験に基づき実施してきたことをデータで補おうとしています。

 私が行っている取り組みには主に柑橘類に関するものが多いのですが、摘果摘蕾のノウハウは、収穫した作物の味や収量を左右します。どの実を「間引く」のか。間引く量が少なければ収穫果実は小さくなり、たくさん間引けば全体の収量が減ります。また、どの実を間引くかにより、残った実の味が変わってきたりします。結果として、篤農家と経験が浅い農家とでは、収益性が全く異なることとなります。このような“経験則に基づく名人芸”を、効率的に継承するための学習システムを、国内企業と共に構築してきました。すでに静岡県や香川県、日南市や弘前市など各地で取り組みが進められ、一定の効果が出てきています。

 学習システムの使用は、各農家の技能向上が見込まれますが、その到達点は名人レベルには至っていません。可能な限り高い到達点を目指そうとは思っていますが、まだまだこれからの取り組み次第といった状況です。先ほど申し上げたように、現時点での目標は、「水やり10年」を3年、5年にすることです。

 学習対象は、個々の作物における、一連の農作業全てが対象ではありません。年間を通じた多様な農作業の中で、作物の状態や環境の変化に応じて変えなければならない、状況依存性が高い農作業を対象とした技能の修得が鍵なのです。そこから先、どのように技能を高めていくかは、「個々の農家の努力や工夫に任せればいい」と考えています。それは、どんなITシステムよりも「人間こそが最も学習効率が高い」と信じているからです。少量生産でひたすら付加価値を高めるのか、付加価値を高めつつも全体の収穫量を重視するのかなど、農家ごとの戦略もあるはずです。

 日本の農業のレベルを全体的に高めながら、強固な産業として発展させていくことは重要です。日本は少子高齢化が進み、人手不足に対応したさらなる集約化や効率化も必要ですが、それだけでは現在の技能が継承されません。現在、農林水産省も取り組みを加速化させていますが、海外への輸出もさらに増やしていかなければならないでしょう。賞味期限がある農作物は、島国の日本では輸送に要する日数が大きなハンディとなります。コストも同様です。高付加価値という強みがなければ国際競争には勝てません。その戦略を踏まえた上で設備投資、技術投資をしなければならないのです。