「スペースX」「テスラ・モーターズ」「ソーラーシティ」「ニューラリンク」……ジョブズ、ザッカーバーグ、ベゾスを超えた「世界を変える起業家」の正体とは?イーロン・マスクの「破壊的実行力」をつくる14のルールを徹底解説した新刊『イーロン・マスク 世界をつくり変える男』(竹内一正著)。この連載ではそのエッセンスや、最新のイーロン・トピックを解説していきます。
1万2千基も衛星を打ち上げる
スペースXの仰天構想
イーロン・マスク率いるスペースXが、史上最大級ロケット「ファルコン・ヘビー」を見事に打上げたニュースは世界を駆け巡ったと思う間もなく、その15日後の2月22日には「ファルコン9」を打上げて、スペインのPAZ衛星を予定軌道に乗せました。
しかも、そこにはスペースX社のインターネット通信プロジェクト「Starlink」のための実験用衛星「Microsat-2a」と「Microsat-2b」の2基も搭載されていたのです。
Starlinkは、地球上のあらゆる場所で高速インターネットが使えるようにするスペースXの壮大な計画で、約1万2千基もの通信衛星を打ち上げる構想をイーロンは描いています。
なお、現在地球を周回している稼働中の人工衛星は約1740基で、稼働停止中の衛星は約2600基。両方を合わせてもスペースXが計画する約1万2千基の人工衛星は、その約3倍にもなります。
Starlinkとして本格運用可能な人工衛星の打上げは2019年を予定しており、2025年までには全世界で4000万人の利用者を獲得し、300億ドル(約3兆3千億円)の売り上げを見込んでいるというのです。
このStarlinkからの利益は、『イーロン・マスク 世界をつくり変える男』で詳しく述べている巨大火星ロケット「ビッグ・ファルコン・ロケット」の開発に充てていく考えのようです。
ところで、22日に打上げたファルコン9では1段目ロケットは回収しませんでしたが、代わりに回収しようとしたのがファルコン9の先端にある「フェアリング」でした。
フェアリングは打上げ時の高熱、高圧から搭載物(人工衛星など)を保護するためのもので、全長は約13mと巨大で、アルミハニカムと複合炭素素材で出来ています。
フェアリングの回収についてイーロンはかつてこう言いました。「フェアリング回収を行うかどうか社内で議論をした。しかし、考えてもごらん。もし、6万ドル(約6億6千万円)の現金があって、それが空に飛んでいき、海に落ちてくる。ならば、取りに行こうとは思わないかい?もちろん、思うよね」
そこで、スペースXはフェアリングに小型ロケットエンジンと誘導システムを装備し、パラフォイル(パラシュートの進化版)を使って、所定の場所に降下する設計を施したのです。
さらに、洋上では、巨大な網(魚を捕まえるタモ網のような仕組み)を備えた船舶が待ち受けていました。
しかし、今回は船の数百メートル離れた海上へフェアリングは落下してしまい、回収は失敗に終わりました。
空から落ちてくる6万ドルのフェアリング・キャッチは次回に持ち越しとなりましたが、イーロンの照準はロケットの完全再利用に向けられています。
テスラ「モデル3」の出荷遅れ・・・・
それでも「不可能」に挑むイーロンの戦い
だからといってイーロンは、空ばかり見ているのではありません。地上ではイーロンのトンネル掘削企業「ボーリング・カンパニー」が米国の首都からハイパーループの予備認可を取得していたことが明らかになりました。
これはニューヨークからフィラデルフィア、そしてワシントンDCを結ぶ高速次世代交通システム実現へ向けた一歩になります。
夢のような楽しい話だが、そんなイーロンには厳しい現実も待ち受けていました。
テスラ社の新車種「モデル3」の出荷遅れだ。3万5千ドルのモデル3はそれまでのテスラ「モデルS」などの半額以下で、富裕層以外にも手が届くEVとして約40万台の予約注文が殺到。当初は「週に5千台を組み立てる」と言っていたイーロンだったが、生産を始めると、週に5千台にはほど遠く、500台を1ヵ月かかってやっと組み立てるといった苦戦が続いていたのです。
テスラは四半期で約10億ドルのキャッシュを必要としているが、出荷が遅れれば「資金が枯渇しかねない」と心配する声も聞こえてきていました。しかし、これはイーロンが以前経験したことでもあります。
ロードスターの時もモデルSの時もモデルX(テスラ初のSUV)でも出荷時の難産は体験していました。もちろん、モデル3は生産数量が桁違いに大きくなります。わかりきっていたことだし、それはテスラが避けて通れない関門でもあります。
計画どおりの数量を出荷できなければ、テスラ社は終わるかもしれない――。しかし、思い起こせば、かつて日本の半導体産業も液晶パネルも目を覆いたくなるような不良品の山を積み上げ、それを乗り越えて、世界に名を馳せました。
SF作家アーサーC.クラークは「あらゆる革命的なことに対して、人々の示す3つのステージ」として次のように述べています。
ステージ1「それは絶対に不可能だ」とまず人々は断言し、次にステージ2では「可能だけど、やる価値はないね」と言い始める。しかし、ステージ3になると、いきない「最初から私は、これはいいアイデアだと思っていた」と豹変する。そんな上司や社長をあなたは見たことはないでしょうか。
宇宙開発と言うと男ばかりの世界と思われるかもしれませんが、じつはスペースXの社長は女性です。シカゴ郊外で生まれたグウィン・ショットウェルは機械工学と応用数学を修め、ロケット開発会社で経験を積んだ人物。若手エンジニア達に向かい「もし、未来を見ることをやめたり、今のテクノロジーを改良しようとしなければ、それは取り残されることを意味する」と激を飛ばし、イーロンが天才的ゆえに、周りや取引先とぶつかりそうになったときに、ことを見事に収めるのも彼女の重要な役割になっています。
スペースXのショットウェル社長は2017年、コロラド州でのスペース・シンポジウムで先に述べたSF作家アーサーC.クラークの言葉を引用して、スペースXの活動についてこんな面白い話をしました。
「これまでの15年間(スペースX創業の2002年から2017年)は、『それは絶対に不可能だ』と言われ続けてきました。今でも『可能だけど、やる価値はないね』という声も聞きます。しかし、『最初から私は、いいアイデアだと思っていた』という声も聞き始めていますよ」。イーロン・マスクの戦いは、不可能への挑戦に他なりません。