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相川俊英の地方自治“腰砕け”通信記

県と県庁所在地の両トップが初めて女性に!
滋賀を個性派地域たらしめる「二元代表制」の気運

相川俊英 [ジャーナリスト]
【第42回】 2012年2月17日
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滋賀は「知る人ぞ知る」個性派
地域政党の先駆けでもある

 京都や大阪、名古屋といった大都市に挟まれた滋賀は地味な地域で、全国的な話題になることもあまりない。しかし、小粒で目立たない一方で、「知る人ぞ知る」といった個性派でもある。色々な分野で先進的な取り組みが生まれやすく、いわば先駆け的な存在になっている。たとえば、「地域政党」である。

 昨年の統一地方選挙前に全国各地で地域政党が誕生し、支持を集めた。なかには「大阪維新の会」のように、国政に大きな影響力をもつ存在に急成長したものもある。

 こうした地域政党の先駆けとなったのが、実は2006年に滋賀県内で発足した「対話でつなごう滋賀の会」(以下・対話の会)だ。「大阪維新の会」や「減税日本」の先輩格にあたるが、知名度では大きく水を空けられている。これら3つの地域政党には、本質的な違いが存在している。

 対話の会は、06年夏の滋賀県知事選に出馬した嘉田由紀子氏(当時は京都精華大教授)を支援する住民らが結成したものだ。代表となったのは政治家や財界人ではなく、環境関係の住民団体を率いる人物、寺川庄蔵氏(現在は会の顧問)だ。

 環境社会学者の嘉田氏は、琵琶湖研究の第一人者として知られていた。県内を隈なくフィールドワークし、様々な住民グループとの交流も深かった。と言っても、政治の世界とは無縁で、無名の存在だった。

 県知事選は、自民、民主、公明が相乗り推薦する現職と共産党推薦候補との三つ巴となり、嘉田氏は当初、泡沫候補扱いされた。それも無理からぬことだった。

 そもそも、本人を入れてわずか4人で始まった挑戦だった。対話の会は、本人の出馬の決意を受けて住民らが急遽組織したものだった。集まった支持者の多くが、「軍艦に漁船で挑むようなもの」と思っていたという。

 だが、学術調査で県内を隈なく歩いてきた経験と人脈が、大きな武器となった。各地域が抱えている課題を掌握し、なおかつ、各地域が持つ長所や資源を理解していたからだ。嘉田陣営は、選挙戦で「もったいないを活かす県政」をキャッチフレーズに掲げた。

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相川俊英 [ジャーナリスト]

1956年群馬県生まれ。放送記者を経て、1992年にフリージャーナリストに。地方自治体の取材で全国を歩き回る。97年から『週刊ダイヤモンド』委嘱記者となり、99年からテレビの報道番組『サンデープロジェクト』の特集担当レポーター。主な著書に『長野オリンピック騒動記』など。


相川俊英の地方自治“腰砕け”通信記

国政の混乱が極まるなか、事態打開の切り札として期待される「地方分権」。だが、肝心の地方自治の最前線は、ボイコット市長や勘違い知事の暴走、貴族化する議員など、お寒いエピソードのオンパレードだ。これでは地方発日本再生も夢のまた夢。ベテラン・ジャーナリストが警鐘を鳴らす!

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