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そして生かされた僕にできた、たった1つのこと
【第1回】 2012年3月5日
著者・コラム紹介バックナンバー
ダン・カロ,スティーヴ・アーウィン,奥野節子

全米でのテレビ番組放送後、
視聴者から何千通もの感謝の手紙が寄せられた、
少年の実話

「プラス思考の効果」「引き寄せの法則」は、ただの気休めではないと、 彼の存在が証明している

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実現させたい夢はあるのに、「どうせ無理」と、何も行動しないうちから言い訳を並べて、あきらめてしまってはいないか? でも、ダン・カロのこれまでの人生を知ると、どんな言い訳もできなくなってしまう。同時に、この世に不可能なことなど何もない、と勇気がわいてくる。

つかの間の幸福

 1979年11月16日、僕、ダン・カロは、ルイジアナ州ニューオーリンズの近くの町に生まれました。

 家族は当時、父と母、そして二人の兄。どんなに想像をたくましくしても、わが家は決して裕福だとは言えない状態でしたが、「豊かな愛情にあふれている」という表現がぴったりの家族でした。

 父は家族をビデオに撮るのが大好きで、1980年からのわが家の記録ビデオを数えきれないほど繰り返し見せられたのです。

 最初の頃のテープに、僕の1歳と2歳の誕生日が映っていました。

 笑い転げる幼い子どもたち、巨大なケーキ、プレゼントの包装紙をビリビリと破く僕の姿がありました。

1981年11月16日、2歳の誕生日を祝う

 それを見ていると、とても不思議な感じがします。これらのビデオの映像は、僕の人生のもう1つの選択肢だったかもしれない現実だからです。

 それは、遠い宇宙に永遠に存在し、ほんのたまにだけ、夢の中で逃げ込める場所です。

 そのビデオの中での僕は、かわいらしく、いたずらで手に負えない、ちゃめっ気のある薄茶色の髪をした子です。

 傷1つない、なめらかな皮膚をし、世の中に対する不安などまったくない、きらきらした青い目をしていました。

無邪気に遊ぶ幼い僕

 それは、愛に満ちたのどかな時代でした。

  しかし、僕のその後の人生を一変させることとなってしまったその日は、何の前触れもなく訪れたのです。

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ダン・カロ(Dan Caro)

1979年、米国ルイジアナ州南部に生まれ。1982年、2歳のときに事故で全身に重度の火傷を負い両手の指を失ったが、幼い頃にプロのドラマーになることを誓い、ロヨラ大学などで音楽と音楽セラピーを学んだ。
ロヨラ大学では、有名ドラマーであるジョニー・ヴィタコヴィッチに師事し、在学中に、ギタリストのブランドン・タリコーンらと「ブラザーフッド・オブ・グルーヴ」を結成する。その後、フリーのドラマーとなり、マイケル・レイ&ザ・コズミック・クルーなどの有名アーティストらと多数の共演を果たしている。
現在もプロのドラマーとして活動しながら、自己啓発の講演者として、どんな障害があっても決して自分の夢をあきらめなかった自身の生き方を全米で語っている。ニューオーリンズ在住。www.dancaro.com
 

スティーヴ・アーウィン(Steve Erwin)
作家であり、数々の賞を受賞したジャーナリスト。イマキュレー・イリバギザとの共著『生かされて。』はニューヨーク・タイムズ紙のベストセラーとなった。
 

奥野節子(おくのせつこ)
北海道生まれ。高校の英語教師を経て、ジョージ・ワシントン大学大学院修了後、ニューヨークの米企業に勤務。訳書に、『「死ぬこと」の意味』(サンマーク出版)、『ジョン・オブ・ゴッド』『オーブは希望のメッセージを伝える』(以上、ダイヤモンド社)など多数がある。
 


そして生かされた僕にできた、たった1つのこと

両手の指を失いながらも、プロのドラマーになった少年の実話
彼を紹介するテレビ番組が、全米ネットで放映された後、視聴者から何千通もの感謝の手紙が寄せられました。彼の名は、ダン・カロ。2歳の時に不慮の事故で全身に重度の火傷を負い、奇跡的に一命はとりとめたものの、その代償としてその後の人生に残酷としか言えない運命を背負うこととなります。顔も体もそのほとんどが焼けただれ、鼻や唇、そして両手の指も失ってしまった彼を待っていたのは、周囲からの差別や偏見の眼差しでした。しかし彼は決して悲観的になることはなく、プラス思考にだけ集中し続けたのです。その結果は……誰もが思っていた以上のものでした!
 

「そして生かされた僕にできた、たった1つのこと」

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