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そして生かされた僕にできた、たった1つのこと
【最終回】 2012年3月9日
著者・コラム紹介バックナンバー
ダン・カロ,スティーヴ・アーウィン,奥野節子

【最終回】
この人生は、僕自身が選んだもの。
それを知るために、
人は誰もがそれぞれの紆余曲折を経るのだろう
マイナス思考は、エネルギーの無駄遣いでしかない

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靴ひもを結ぶことをクリアして、自信をつけた僕は、いよいよドラムに挑戦し、夢へと近づいていく。その後の紆余曲折を経てわかった、
「時計を逆に戻す方法はない。ならば、前進するしかないのだ」
感動の軌跡を追った連載、最終回。

運命を信じて

 もうすぐ13歳という時、父に、僕にできる楽器を見つけてほしいと頼みました。

 父は嬉しそうに微笑みました。この瞬間をずっと待ち望んでいたかのようでした。

 僕は音楽一家に生まれました。父は、結婚前はプロのトランペット奏者で、その両親もミュージシャンでした。二人の兄もトランペットとトロンボーンを演奏しています。しかも、ニューオーリンズという土地柄、いつでも音楽が聞こえていたのです。

 もしミュージシャンになることが僕の運命なら、今、その運命をまっとうする準備ができたと、しっかり結ばれた靴ひもが語っているように思えました。

 すぐに、父と二人で楽器を探し始めました。

 最初に試したのは、わが家の伝統である、トランペットでした。しかし、ほとんど焼けてしまった僕の唇には、不向きでした。ピアノ、ギターも試しましたが、やかましい音を立てるのが関の山でした。

 僕は父と、指や唇を必要としない楽器はないか、何時間も考えました。

 やがて父は、目を輝かせて言いました。
「スネアドラムならできるかもしれないぞ!」

 次の土曜日の朝、僕は父と車に乗り込み、町の質屋へと向かったのです。

 その日、父は、スネアドラムとドラムスティックを買ってくれました。

 そして父が、わが家にスネアドラムを運び込んで組み立ててくれた瞬間から、僕はほとんどの時間を、ドラムをたたいて過ごしたのです。

 最初は、演奏とはほど遠いものでした。スネアドラムを強く打つ僕は、巨大なセコイアを滅多打ちにしている木材伐採員のようだったに違いありません。

 問題は、僕の右手に指がなく、左手に作られた親指にもあまり力が入らないことでした。ですから、スティックをしっかり握ることができなかったのです。

 ドラム演奏には、スティックを握るテクニックも重要です。僕は力いっぱい振りましたが、それは何の役にも立ちませんでした。

 すぐに、普通のドラマーのように演奏しようとするのはやめました。僕は普通ではなかったからです。

 僕はこれまで何事も、自分独自のやり方で可能にしてきました。ですから、必ずドラムもたたけるようになる、と誓ったのです。

次のページ>> 美しい音を出したい!
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    ダン・カロ(Dan Caro)

    1979年、米国ルイジアナ州南部に生まれ。1982年、2歳のときに事故で全身に重度の火傷を負い両手の指を失ったが、幼い頃にプロのドラマーになることを誓い、ロヨラ大学などで音楽と音楽セラピーを学んだ。
    ロヨラ大学では、有名ドラマーであるジョニー・ヴィタコヴィッチに師事し、在学中に、ギタリストのブランドン・タリコーンらと「ブラザーフッド・オブ・グルーヴ」を結成する。その後、フリーのドラマーとなり、マイケル・レイ&ザ・コズミック・クルーなどの有名アーティストらと多数の共演を果たしている。
    現在もプロのドラマーとして活動しながら、自己啓発の講演者として、どんな障害があっても決して自分の夢をあきらめなかった自身の生き方を全米で語っている。ニューオーリンズ在住。www.dancaro.com
     

    スティーヴ・アーウィン(Steve Erwin)
    作家であり、数々の賞を受賞したジャーナリスト。イマキュレー・イリバギザとの共著『生かされて。』はニューヨーク・タイムズ紙のベストセラーとなった。
     

    奥野節子(おくのせつこ)
    北海道生まれ。高校の英語教師を経て、ジョージ・ワシントン大学大学院修了後、ニューヨークの米企業に勤務。訳書に、『「死ぬこと」の意味』(サンマーク出版)、『ジョン・オブ・ゴッド』『オーブは希望のメッセージを伝える』(以上、ダイヤモンド社)など多数がある。
     


    そして生かされた僕にできた、たった1つのこと

    両手の指を失いながらも、プロのドラマーになった少年の実話
    彼を紹介するテレビ番組が、全米ネットで放映された後、視聴者から何千通もの感謝の手紙が寄せられました。彼の名は、ダン・カロ。2歳の時に不慮の事故で全身に重度の火傷を負い、奇跡的に一命はとりとめたものの、その代償としてその後の人生に残酷としか言えない運命を背負うこととなります。顔も体もそのほとんどが焼けただれ、鼻や唇、そして両手の指も失ってしまった彼を待っていたのは、周囲からの差別や偏見の眼差しでした。しかし彼は決して悲観的になることはなく、プラス思考にだけ集中し続けたのです。その結果は……誰もが思っていた以上のものでした!
     

    「そして生かされた僕にできた、たった1つのこと」

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