昨年の大震災以降のキーワードとして、多くの日本人は「絆」という言葉を非常に大事にしている。筆者が出張時に会う海外の金融センターで働いている日本人には、その傾向がより強いように思われる。大震災後に日本で被災者を手助けできなかったことを気にしている真面目な人ほど、「絆」の尊さを重視している。

 先日、中国上海のある日系大手企業の総経理(社長)に興味深い話を聞いた。旧正月明けの社内の年頭あいさつで、同氏は、日本の震災後の「絆」の尊さに触れつつ、日本人と中国人との間でも「絆」を大事にしながらビジネスを今年もがんばっていこう、とスピーチしようとした。事前に、中国人スタッフに中国語訳を頼んだところ、彼女は原稿に出てくる「絆」の意味が理解できないとの困惑を見せた。嫌な予感がした同氏が中日辞書を開いたところ、中国語における「絆」の意味が全く異なることに気付き、冷や汗が出たという。

「中日大辞典」(大修館)には、「絆」(ban)は主に動詞として、次のように解説されている。(1)(足を)すくう、(わななどに)ひっかける(かかる)。(2)じゃま(妨げ)になる、まつわりつく。(3)きずな、拘束。(4)わな。(3)に「きずな」という意味がかろうじて載っているが、ニュアンスとしては、日本語の「しがらみ」に近い。複数の中国人に聞いてみたが、皆、中国語の「絆」にポジティブなニュアンスはないと言っていた。

 ウェブサイトの日本語「語源由来辞典」を見ると、「絆」は犬や馬など動物をつなぎ留めておく綱を由来にする言葉で、平安中期の辞書「和名抄」にはその用法で出てくる。一方、中国語の「絆」も昔はそれに近い意味を持っていて、馬が逃げないように引っかける綱などを意味していた。しかし、その後長い時を経て両国における意味は大きく変容した。