NEC、2010年代の経営危機から大きくV字回復

白井:NECの業績が好調です。2010年前後、経営危機に直面していた時期を思うと見違えるようです。

堀川:当時、売上高は2000年の5兆4097億円をピークに下落の一途をたどっており、一時はその半分にまで落ち込み、株価は低迷しました。背景にはグローバル競争の激化があります。GAFAMなどの巨大テック企業や新興国の伸長で一気に競争環境が変化しました。当社はそれまで半導体、コンピューター、通信が主力事業で、世界トップクラスのシェアを誇っていましたが、いずれも瞬く間に競争力を失いました。

無論、手をこまねいていたわけではありません。13年には存在価値を再定義するとともに「社会価値創造型企業」を旗印に掲げ、主力事業をモノづくりからコトづくりへと転換しました。ただ、5、6年ほどは結果がなかなか出ませんでした。

経営危機からのV字回復を実現したNEC、「人の力を最大化する」変革とはNEC 執行役 Corporate EVP 兼 CHRO 兼 ピープル&カルチャー部門長
堀川大介

白井:25年10月には通期の業績見通しを上方修正、株価も急上昇しました。時価総額は8兆円を超えるまでになっています。何が転機になったのでしょうか。

堀川:いくら立派なパーパスを掲げても、それを実行するのは「人」です。つまり「人」が変わらなければ会社は変わらないということに、5、6年たってようやく気付きました。そこで、18年に策定した「2020中期経営計画」の中で「実行力の改革」を掲げ、「人」が主役のカルチャーに変える、社員の力を最大限に引き出す投資や施策を積極的に行うようにしました。

白井:そこで取り組まれたのが、エンゲージメントサーベイですね。

堀川:当時の社長の新野隆はまず、1万人の社員とダイアログセッションを実施し、社員の声と徹底的に向き合うことからスタートしました。無駄な仕事が多い、大企業病、内向き文化など続々と出てきた厳しい声から、変革のキードライバーを導き出し、人事制度改革・働き方改革・コミュニケーション改革に着手しました。

具体的には、この時代に勝っていくために必要な行動基準「Code of Values」を策定し、人事評価に組み入れたほか、パフォーマンス最大化に向けて、働く時間・場所・スタイルを社員自らが選択できるよう、「Smart Work」を掲げて、働きやすい環境を整備。キーポジションにグローバルでの勝ち方を知る外部人材を登用したことを皮切りに、キャリア採用を大幅に増やし多様性も推進しました。

変革をスタートした18年度に初めて測ったエンゲージメントスコアは19%。この数字は私たちにとって衝撃的でした。「経営と社員の思いはこれほど離れているのか」と突き付けられた。サーベイの結果を受けた改善アクションを明確にし、愚直に実行を重ねました。

経営危機からのV字回復を実現したNEC、「人の力を最大化する」変革とは日本国内のエンゲージメントスコア平均が28%のところ、2018年度時点のNECのエンゲージメントスコアは19%だった
拡大画像表示

森田:エンゲージメントスコアにすぐに結果が出たわけではありません。むしろ、18年度に測定を始めて翌19年度は1ポイントしか上がりませんでした。この結果に新野は相当なショックを受けていました。

ただ当時は、社員からの経営への信頼を少しずつ醸成していく期間だったように思います。全社方針・戦略を明確に伝え、社員が自律的に動けるようコミュニケーションを強化したのも、この頃からです。

現社長の森田隆之は就任以来、毎月社員と対話をする「CEO Town Hall Meeting」を継続実施しているほか、最近では、経営層とディレクター層の直接対話「Skip Level Meeting」により、直接的に方針・戦略の狙いを伝える場も増やしています。

さらに、役員・部門長など階層の横のつながりにより、意思決定の高速化を図る「面のコミュニケーション」と、上司と部下の直接対話により上位から方針を落としていく「カスケードコミュニケーション」も強化しました。

21年度にエンゲージメントスコアが、前年度から10ポイント上がったのには本当に勇気づけられました。その後も上昇をたどっており、社員にようやく「自分たちの声が経営に届く」という実感が広がったのだと思います。

全体最適の視点で「ジョブ型人材マネジメント」を導入

白井:「人の力の最大化」を実現するための大きな変革といえるのが「ジョブ型人材マネジメント」(以下、ジョブ型)の導入です。どのような狙いがあったのでしょうか。

堀川:今までのNECはサイロ化していて、入社時に配属された組織に長く固定され、人も情報も動きにくい状態でした。個別最適を全体最適に切り替えるため、役割を起点に配置と評価をそろえる必要があると判断し、23年度にジョブ型を導入しました。最初は統括部長以上から始め、翌年にNEC全社員へ、今年度からグループ会社に順次拡大しています。

白井:ジョブ型というと、どうしても“成果主義”とか、“労働強化”のように誤解されがちです。

森田:人事が説明すると制度の話だけになってしまうので、Skip Level Meetingなどを通じて、目的や経営の思いも含めて、堀川が直接、約1500人のディレクターとナラティブに対話をしました。経営の話も事業の話も同じで、「分からない」「見えない」というのがエンゲージメント低下の最大の要因です。だからこそ透明性を上げて、腹落ちするまで何度も議論する。手間はかかりますが、一番効果が高いと思います。

経営危機からのV字回復を実現したNEC、「人の力を最大化する」変革とはNEC ピープル&カルチャー部門 兼 コンサルティングサービス事業部門 ビジネスアプリケーションサービス統括部 カルチャー変革エバンジェリスト
森田 健

堀川:約1500人のディレクターは、事業遂行を担うメンバーをチームとしてマネジメントしリードする立場です。現場で実際に活用するディレクターがジョブ型をちゃんと理解しなければ、全く機能しない。CHROの最重要ミッションとして取り組んでいます。

当社のジョブ型では会社と社員の関係を「選び・選ばれる関係」と定義しています。会社は役割に対して最適な人材を選び、社員は自分でポジションを選びます。対等な関係をつくるための基盤を、5、6年かけて整備してきました。制度を整えるだけでは動かないので、役割を明確にし、評価や配置をそこに結び付けて運用しています。社員が自分の意思で動ける状態を当たり前にしたいと考えています。

白井:ジョブ型の導入は人の力を最大化するとともに、全体最適の観点での人材ポートフォリオの実現も狙いになると思います。導入後の成果はいかがですか。

堀川:初年度にはNEC単体で約2万2000人のうち約5000人が何らかの形で流動しました。全従業員の約4分の1が動けているのにはかなり手応えを感じています。取り組みはグループ会社にも広げ、規模を拡大して展開していきます。

主な人材の流動先の一つに、ここ数年で売り上げが伸長している宇宙・防衛の領域があります。戦略的なリソースシフトやマッチングなどにより、社内での流動化を進めるとともに、新卒およびキャリア採用でも同領域に一定数を配置し、スピーディーにリソース強化を実現できています。

フェアな評価と最適な登用で納得感を高める

白井:ジョブ型では意欲ある人材が適切に評価され、活躍できるポジションを提供することが不可欠です。どのような取り組みを進めていますか。

経営危機からのV字回復を実現したNEC、「人の力を最大化する」変革とはマーサージャパン 取締役 組織・人事変革部門 日本代表 パートナー
白井正人

堀川:フェアな評価と最適な登用には力を入れています。業績と行動の2軸で評価するいわゆる「9ブロック」を使い、各人の役割に合わせて目標を明確にし、上司・部下の1on1で、成果だけではなく行動面も合わせて評価の理由をきちんと説明しています。上司同士でキャリブレーション(評価の擦り合わせ)を行い、基準をそろえます。結果を伝えて終わりではなく、「なぜその評価なのか」「次に何を伸ばすのか」を1on1で確認するのもポイントです。

評価は配置や登用と結び付け、高く評価した人にはより大きな役割に挑戦してもらい、課題がある場合は育成や配置の見直しを含めて運用します。実際に24年度には、入社5年目・27歳の管理職も生まれ、女性管理職も増えています。

白井:エンゲージメントスコアも24年度で42%まで上昇するなど大きく改善していますね。

森田:25年度は50%という目標を掲げていますが、数字はあくまで結果であって、目的ではありません。社員が自分の言葉で会社を語り、自分の意思で動ける状態をつくることが本当のゴールだと考えています。

またエンゲージメントの「質」にもこだわりたいと考えています。エンゲージメントは「Say」「Strive」「Stay」の三つの要素で構成されています。会社について他者に肯定的に語る(Say)、仕事上求められる以上の努力をする(Strive)、そして会社にとどまることを強く望む(Stay)。これまでは「Stay」が中心でしたが、最近は「Say」と「Strive」をどう伸ばすかに焦点を移しています。

白井:最後に、今後の取り組みや、日本企業の経営者や管理職、次世代リーダー層に向けて伝えたいことがあればお願いします。

森田:会社は大きく変わりましたが、戦闘力を高めるには、もう一段上のカルチャーチェンジが必要です。ここからは「質」の勝負で、仕事そのものを楽しくし、個人のパフォーマンスを最大化する段階に入っています。ウェルビーイングなども含めて、人の力を底上げすることが必要でしょう。

健康診断や産業医設置といった従来の対応だけでなく、睡眠やメンタルの状態なども含め、総合的に人のパフォーマンスを高めていく。いってみればビジネスアスリートです。心技体を整えて、より強い組織をつくる方向に進めたいですね。

堀川:私たちは次のビジョンとして、「AIネイティブカンパニー」を掲げています。AIは人の10倍、100倍の生産性を発揮しますが、同時に私たちは、人間にしかできない領域をどう伸ばし、どのような付加価値を出していくかが求められます。テクノロジーとサイエンスの融合、特にヒューマンサイエンスの探究によって、人の価値を再定義していく時代になると考えています。企業の枠を超え、産官学連携により、日本全体として人づくりの仕組みを変えていくことが重要です。

マーサーには、エンゲージメントサーベイの実施やジョブ型エコシステムの整備などで支援を頂いています。今後ともよろしくお願いします。

白井:貴社のこれまでの変革の推移を拝見していて本当にうれしいです。私の関与はごく一部ですが、きっかけの一端になれたことを誇りに思います。引き続き、貴社の「人」が主役となる組織づくりに貢献したいと願っています。

●問い合わせ先
マーサージャパン株式会社
〒107-6216 東京都港区赤坂9-7-1 ミッドタウン・タワー
TEL:03-6775-6511
https://www.mercer.com/ja-jp/