地名は一切伏せてくれ――。
筆者が聞いた冗談のような“ムラ”の話
友人からその話を聞いたとき、最初は理解できなかった。たちの悪い冗談かと思った。そんなことが、今の日本社会でまかり通るはずはないと思ったからだ。しかし、友人は「作り話なんかではなく、本当の話。僕も当人から直接、打ち明けられてびっくり仰天した」と、まじめな顔で語る。
それでも信じられず、当事者に直接確認することにした。どうにか取材に応じてもらえたが、名前はおろか、「地名も一切伏せてくれ」と厳命された。こんな話だった。
大都市で生活していたAさんは、郊外の集落に転居した。ある社会的な事業を展開させるため、まとまった土地が必要となったからだ。Aさんにとって縁もゆかりもない地域だったが、理解ある地主さんと知り合い、思い切って決断した。
その後、新たに畑と作業場を借り上げ、仲間たちと野菜作りに挑むことにした。地主さんの尽力でその手当も順調に進み、賃貸契約に漕ぎ着けた。
長年、温めていた夢が実現に向けて前進するとあって、Aさんは嬉しさでいっぱいだった。1日でも早く野菜作りに取りかかりたい。そんなはやる気持ちを抑えることができなかった。
隣近所に挨拶をする前に、ちょっとした荷物を運び込むことにした。作業が一段落したら、きちんと挨拶周りしようと思っていた。ところが、この判断が甘かった。思いもかけぬ事態となり、地域を揺るがす大問題にまで発展してしまったのである。
荷物を運ぶ物音を聞きつけた近所の人が姿を現し、血相変えてやってきた。そして、挨拶するAさんにこう詰め寄ったという。
「何をしているんだ? ムラ(いわゆる町内会)の許可を得てやっているのか?」