ゲイ自身が考えること
社会や企業が考えること

 多くのゲイが、「お金は続くのか」「(故郷に置いてきた)老親はどうする」「子のない自分の老後はどうなる」という不安を吐露している。「いざというときパートナーとの関係はどう扱われるのか」とも、心配していた。テレビのバラエティ番組では決して出ることのない、ゲイたちの「本音」である。

 本稿の締めくくりとして、同じゲイたちへ、そして社会や企業へ、問題提起をしてみたい。

 いま紹介した不安は、生活者ならば当然の声だろう。とはいえ、いたずらに不安になり、ふさぎ込んでしまっても何も始まらない。

 筆者は、3つのホームドクターを持とう、と呼びかけている。「身体」「お金」「法律」のホームドクターだ。身体はもちろんかかりつけの主治医だが、お金にはFPや保険の担当者が頼りとなろう。法律なら弁護士、司法書士、行政書士などがいる。ゲイ当事者でこうした仕事に就いている人もいる。ゲイは、もっと専門家の知恵を借りて生活者としてのゲイライフに目を向けてはどうだろう。

 90年代からこの二十余年をゲイの目でふり返ると、同性愛者など性的マイノリティはずいぶん顕在化してきた。だが、日本社会が多様性を受け入れ、マイノリティが生きやすい社会に変わったかと聞かれれば、残念ながらそうだとは言えない。

 某自治体首長の、マイノリティ蔑視的な発言も記憶に新しい。だからこそ、社会へ情報を発信し、マイノリティを理解してくださいと訴える活動も重要だ。とはいえ、一朝一夕に変わりそうもない日本社会で、私たちはいつまでも変化を「待って」いられるほど、時間がのこされているわけではない。

「老後の来ないゲイはない――」。ゼニ・カネ・老後の課題に目をそらさない勇気をもってはどうだろうか。いまある法律や制度のなかでなにができるのか、したたかな思索と実践を重ねたい。朝まで踊ったクラブイベントの、蠱惑的なリズムもミラーボールの光も、夜が明ければ幻のごとく消えてしまうが、私たちにはその先も、生きていかなければならない長い現実の一生がある。いま、日本の各地で中年期以後のゲイライフについてもさまざまな探求や実践がはじまりつつある。本稿を読んでいただいたゲイたちには、日本のゲイライフを地に足のついたものにするためにも、ぜひ、そうした動きへ心を寄せ、足を運んでいただきたい。

 あわせて社会も、テレビのオネエタレントだけではなく、生活者としての同性愛者の存在を認知していただきたいのだ。とくに企業は、多様なライフスタイルに配慮した商品選択を提供すれば、いわゆる「ゲイマネー」が流入する可能性はある。