ダイヤモンド社のビジネス情報サイト
相川俊英の地方自治“腰砕け”通信記

弥彦神社の迷い道で「日本人の心」に出会った
行政に頼らず、文化遺産を夫婦で守る元高校教師

相川俊英 [ジャーナリスト]
【第51回】 2012年8月21日
著者・コラム紹介バックナンバー
1
nextpage

突如目に飛び込む不思議な建物
元弥彦神社権宮司宅で聞いた仰天話

 この夏、新潟県西蒲原郡に赴いたときのこと。食事を終え、弥彦神社の駐車場に戻ろうと路地裏を歩いていた。暑さのせいもあったかもしれない。左に曲がるべきところをなぜか、右に折れてしまった。車が1台やっと通れるほどの小道で、若干の下り坂。人通りはなく、ひっそりとしていた。

 間違えたかなと思った瞬間だった。ただならぬ建物が目に飛び込んできた。大きくて古色蒼然とした木造の建造物。民家のように見えたが、集会場のようにも何かの道場のようにも思えた。

 小道からだいぶ奥まったところにあり、ひょいと覗き込むわけにもいかない。そのまま通り過ぎることもできず、立ち止まって周囲を見渡すと、こんな看板が置かれていた。

 「岩倉具視右大臣御宿泊の邸宅」。そして、建物の風情とは全くそぐわない「喫茶 ギャラリー余韻」という看板も。

 いったい何だろう? 好奇心を抑えることができず、寄り道することにした。喫茶と書かれているのだから、誰でも中に入れるはずだと思ったからだ。

 それでも恐る恐る歩を進めると、正面に大きな玄関があり、脇にも小さな出入り口が。ともに暖簾がかかっていて、どちらから入るか迷う。思い切って小さな暖簾をくぐって声をかけると、「正面からお入り下さい」との女性の声。

 靴を脱いで建物の中に入ると、男性がにこやかな顔で迎えてくれた。館長の鍋島紘一さんだった。喫茶を注文する前に、館長が建物の説明と案内をしてくれた。偶然出くわして、何も知らずに足を踏み入れた者にとって、びっくり仰天する話ばかりだった。

1
nextpage
関連記事
スペシャル・インフォメーションPR
クチコミ・コメント

DOL PREMIUM

PR

経営戦略最新記事» トップページを見る

最新ビジネスニュース

Reuters

注目のトピックスPR

話題の記事

相川俊英 [ジャーナリスト]

1956年群馬県生まれ。放送記者を経て、1992年にフリージャーナリストに。地方自治体の取材で全国を歩き回る。97年から『週刊ダイヤモンド』委嘱記者となり、99年からテレビの報道番組『サンデープロジェクト』の特集担当レポーター。主な著書に『長野オリンピック騒動記』など。


相川俊英の地方自治“腰砕け”通信記

国政の混乱が極まるなか、事態打開の切り札として期待される「地方分権」。だが、肝心の地方自治の最前線は、ボイコット市長や勘違い知事の暴走、貴族化する議員など、お寒いエピソードのオンパレードだ。これでは地方発日本再生も夢のまた夢。ベテラン・ジャーナリストが警鐘を鳴らす!

「相川俊英の地方自治“腰砕け”通信記」

⇒バックナンバー一覧