金融工学の博士なら、実務経験がなくてもクオンツとしては最初から即戦力になるだろう。当時は金融バブルのまっただ中だったから、初任給2000万円でもそれほど法外というわけでもない。それにクオンツだったら最初から2000万円もらえても、年収3000万円ぐらいで頭打ちになる。伸びしろがとても少ない。しょせんはミドルオフィスの人間なのだ。この業界はとにかく金の前に座っているやつが偉いのだ。

 僕は、金融バブルのまっただ中に、たまたま年収がほぼ2倍という条件でライバル銀行に引き抜かれたので、社会人3年目で日本の上場企業の社長よりもちょっと上ぐらいの年収になっていた。

20代の若者を高額報酬で引き抜き合うわけ

 入社3年目の若者がなんでそんなにたくさんの給料をもらえたのだろうか?これは外資系投資銀行が気前がいいからでも、社員を大切にしているからでもない。答えは「それだけ払わないとライバル会社に引き抜かれる」という、それだけのことなのだ。入社3年目の若者が、それだけたくさんの利益を会社にもたらしている、というのは半分正しくて、半分間違っている。

 ざっくりいって、フロントオフィスの社員の適正な取り分は、会社にもたらした利益の5%~10%ぐらいだ。つまり年収5000万円の社員だったら5億円~10億円ぐらいは稼ぎ出すことを期待されている。しかし毎年10億円稼いでくれる社員がいたとして、会社が自動的にそれに見合った報酬を支払うか、といったら絶対にそんなことはない。毎年10億円稼いでも、他社に引き抜かれない社員なら、会社は容赦なく最低の賃金を支払うのだ。そういうものなのだ。結局、会社側はこの社員を引き留めるのにいくら支払わなければいけないかを考え、そのぎりぎりの水準を払おうとする。そうやってこの業界では給与水準が決まっていくのだ。

 それに外資系企業は総じてベテランよりも、才能がありそうな若者を好んで採用する。ある意味で、会社と社員はお互いに搾取し合う関係にあるのだが、ものを知らない若者のほうが会社にとっては搾取しやすいからだ。ベテランだと、業界内での人脈もあるし法律の使い方も心得ていて、会社にとっては扱いにくい。その点、若者のほうがものを知らないから、簡単にだませる。

 25歳のトレーダーが会社のために30億円儲けても、ボーナスを2000万円ぐらいしか支払わずにちょろまかすことだって可能だ。これがベテランだと、訴訟沙汰になったり、部下を引き連れてノウハウごとごそっと他社に移籍したりしてしまうのだ。恋愛では、往々にして頭の悪い若い女のほうが美人で洗練された淑女よりも人気があるが、それは外資系金融業界のジョブマーケットでも当てはまる。

 だから、業界経験が3年~5年ぐらいで、バックグラウンドがピカピカで、悪くない業績を残した30歳手前の人材は、ジョブマーケットで一番引きが強く、年収が2倍アップなんて条件で他社に引き抜かれていくことがよくあった。しかし、これは明らかに引き抜かれたほうの会社の給料の払い方が間違っていたのだ。