三部社長がやるべきは「縦割り解消」と「リコール対策」
それこそが目標達成への第一歩だ

 だが、経営トップは夢を語るだけでなく、目の前の課題解消に向けて手を動かさなければ従業員の信頼を得られない。三部社長は縦割り解消に加えて、ホンダの悩みの種であるリコール問題にも真正面から取り組む必要があるだろう。

 実はホンダではここ10年ほど、不具合に起因するリコールが相次いで発生し、車の回収や品質改善に要する費用が膨れ上がってコストを圧迫している。

 三部社長の前任である八郷隆弘氏は、リコール撲滅に向けて社長直属の品質管理部門を立ち上げたが、結局は退任まで解決の糸口をつかめなかった。

「これ以上、品質問題が増えればホンダの信用に関わるということで、前社長は品質強化の部署を作ったが、そこのスタッフは『何か問題が起こってから対策を打つ』という受け身の仕事ばかりだった」とホンダの間接部門のある幹部は明かす。

 リコール問題の根底にも部門間の分断があるといい、この幹部は「品質強化担当のスタッフは、品質を根本的に良くするための、部門間を横断した取り組みも何もしなかった」と暴露。「ホンダの官僚的な姿勢を変えられるのは、社長が変わった今しかない」と期待を込める。

 だが、ホンダの全社員が、もろ手を挙げて社長交代を歓迎しているわけではない。間接部門の別の社員からは、三部社長について「本当に官僚的な社風を変えてくれるのか、いまひとつ信用する気にならない」という声が漏れ聞こえてくる。

 三部社長はかつて本田技術研究所の社長を務めていたが、三部氏が仕切っていた時代の研究所は「他部門の言うことに耳を貸さない」「不祥事が起きた際に、研究所側の責任を認めない」といった傾向にあり、例に漏れず官僚的だったという。

 当時を知るホンダ社員が「“象牙の塔”出身の三部さんに、閉鎖的な体制の変革や、品質管理のテコ入れが本当にできるのか」とうがった目を向けるのはそのためだ。

 三部社長が懐疑的な見方を払拭(ふっしょく)するには、組織の壁を取り払う事業運営と抜本的な品質改善に取り組むしかない。これらを成し遂げることこそが、30年後に華々しい目標を実現するための第一歩になるはずだ。

 裏を返せば、三部社長がこれらに失敗すれば、官僚的な社風や品質面の課題は今後も残り続け、EV率100%、死亡事故ゼロ、宇宙ビジネス参入といった野望は夢のままで終わるだろう。

 三部社長は日本のイーロン・マスクになれるのか、口だけの男で終わるのか。その手腕に大いに注目したいところである。