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ポール・クルーグマン 
競争力論争――私はなぜ自説を曲げたか
政治家に迎合したくなる強い誘惑

~「グローバル・ビジネス」1995年1月1日号掲載

【第3回】 2010年1月10日
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2008年のノーベル経済学賞の受賞者で、今や“大御所”のポール・クルーグマン教授も、1990年代初頭はまだ40歳前後。すでに新貿易理論構築などの業績から米国を代表する“天才”経済学者として認められていたものの、時の権力者や経済学の先人たちそして通説をバッサバッサと切り捨てる容赦ない批判姿勢は(現在も同じとはいえ)その当時はまだ若かったこともあってか、今以上に激しい反発や非難を受けることが常だった。しかし、それでもめげずに、94年には、「Peddling Prosperity」(邦訳は「経済政策を売り歩く人々」日本経済新聞社)と題した著書を発表し、経済学を知らない“政策請負人”たちに対して大いに嘆いてみせた。このインタビューはその当時のものである。政治家に迎合したくなる強い誘惑を自身感じたことを認め、いかにしてそこから解放されたかも率直に語った。米国の政策形成、エリート学者の身の振り方の一端を教えてくれる、15年前の貴重なインタビューを再掲しよう。(ダイヤモンド社「グローバル・ビジネス」1995年1月1日号掲載)

権力に対する経済学者の対応

―あなたは、フォーリン・アフェアーズ誌の論文「競争力とい名の危険な妄想」(注1)以来、クリントン政権の閣僚批判ですっかり有名になっている。しかし、1987年には「製造業の競争力を回復しなければ、(米国の生活水準の)低下は恒久的なものになるだろう」(注2)など、あなたが今非難しているようなことを自分自身で言っていた。宗旨変えをしたのか。

ポール・クルーグマン(Paul Krugman)
1953年生まれ。現代を代表する経済学者の一人。新貿易理論構築などの業績から2008年にノーベル経済学賞を受賞。イェール大学卒業後、MITでPh.D取得。1994年末のインタビュー当時は、スタンフォード大学教授。同年出版した「Peddling Prosperity」(邦訳『経済政策を売り歩く人々』日本経済新聞社、1995年)は、経済学と政策との関わりを描き、大反響を呼んだ。このインタビューはその当時のもの。現在は、プリンストン大学教授とロンドン・スクール・オブ・エコノミクス教授を兼任。
Photo(c)AP Images

クルーグマン:競争力についての議論が盛んになり始めたころ、政治家などの有力者は皆、世界各国の産業間闘争という見方に加わりたがった。経済学者としてはいくつかの対応があった。一つはナンセンスと言い切るものだが、それにはよほどの自信と自殺行為になるかもしれないという覚悟が必要だった。2番目は、それにも一理あるかもしれない、経済的に理にかなうような議論を組み立ててみようという対応。そして3番目は調子を合わせて、経済学に合うまっとうな部分だけを取り出すかたちで、競争力を定義するやリ方だ。私もほとんどの経済学者と同じように2番目と3番目の戦略をとった。それは幾分シニカルな戦略で、今思うと効果的ですらなかった。それでも21世紀の覇者たらんとする、各国間のゼロサムゲーム的競争という描き方は決してしなかった。

―しかし、あなたは現在(1994年当時)でこそ、米国の貿易赤字の悪影響は毎年のGDPの0.1%以下の取るに足りないものと言っているが、当時は「競争力を回復するコストはGDPの6%を超えるかもしれない」と断言していた。

 米国の貿易赤字をゼロにするにはドルの下落が必要だ。現在では競争力を回復するコストも、当時考えていたGDPの1~2%程度よりも、ずっと小さいことがわかっている。以前からGDPのコンマ何%という単位の話であることはわかっていたが、当時は物事を大げさに言いたい誘惑が強かった。それが、経済界や政界リーダーの聞きたがっていた見方にマッチした。

―現在の著作(注:1994年に米国で出版した「Peddling Prosperity」(邦訳『経済政策を売り歩く人々』日本経済新聞社、1995年)でも同じようなことはないのか。

 そんなことは断じてない。私は政治的には背水の陣を敷いてしまった。おかげで大変な解放感を味わった。もうだれかに迎合するようなことはない。

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