ルーズベルトやケネディら米国の歴代民主党大統領に仕え、終戦直後は日本統治の顧問も務めた経済学の巨人ジョン・ガルブレイス(2006年没)。1994年のインタビューでは、当時話題となっていた「文明の衝突」論(ハンチントン論文)や日米貿易摩擦の宿命論に噛みつき、「頭を冷やせ」といさめた。(ダイヤモンド社「グローバルビジネス」1994年8月15日号掲載)

経済的利益が勝る

―サムエル・ハンチントンによると、ポスト冷戦時代の世界の対立は異なる文明間、例えば、西洋対イスラム、西洋対儒教文化というかたちで起きると予測している。こういう見方にあなたに賛成か。

ジョン・K・ガルブレイス<br />「文明の衝突は起きない」
ジョン・ケネス・ガルブレイス
(John Kenneth Galbraith、1908年10月15日~2006年4月29日)
ルーズベルト、トルーマン、ケネディ、ジョンソンら米国の歴代民主党政権に仕えた、20世紀を代表する経済学者。その偉大な業績に加えて、身長が2メートルを超えることから、「経済学の巨人」と呼ばれた。ハーバード大学で長い間経済学部教授を務め、1975年引退。1994年に行われたインタビュー当時は同大ウォーバーグ記念名誉教授。多くの名著を世に出したが、中でも『ゆたかな社会』『新しい産業国家』『不確実性の時代』は世界的なベストセラーに。そのほかにも『経済学の歴史』『バブルの物語』、小説『ハーバード経済学教授』(いずれもダイヤモンド社刊)など著書多数。第二次大戦後には日本の戦後統治のアドバイザーを務めたほか、ケネディ政権下ではインド大使として活躍するなど、国際政治・経済の世界で異彩を放った。Photo(c)AP Images

 ガルブレイス:賛成できない。ハンチントン教授は私の大学の同僚であり、友人でもあるのだが、まずいことに彼は、昔からよく言われている経済優位論を過小評価している。現代の生活においては、どの国も地域も、経済的繁栄の追求が大きな既成事実となっている。今日の世界を左右しているのは、文明間の違いというより経済的繁栄の追求なのだ。

―経済的繁栄を競うことが各国間、あるいは異なる地域間の衝突を誘うことにならないか。

 大づかみに言うと、地域間の経済発展には安定剤の力がある。最近の歴史を振り返ればその例証に事欠かない。西欧諸国間、米国とカナダ、米国と東アジア、そして最近では米国と中南米など、地域間の経済発展は、それが同一文明圏であっても異なった文明間であっても、すべて平和共存を強める方向に働いている。かつてフランスとドイツは“犬猿の仲”と言われた。しかし、今や両国とも経済が発展したおかげで、友好関係が自明のこととなっている。

 サム・ハンチントンは、国々の基本にある経済的な向上心をないがしろにしすぎているのだ。国々が望み、あこがれ、かつ政治を左右する要因になっているものは、西洋とその文明ではなく、西洋とその生活水準なのである。現代の先進経済は本質的に平和・安定的であって、密接な貿易関係・通信、旅行、金融取引など、すべてが平和・安定的に作用する。これと対照的に、昔の農業経済の時代は領土の所有が重要であり、そのため今よりはるかに好戦的であった。われわれは長い間、異なる文明間、民族間の抗争を見てきた。 

 しかし現在および未来の抗争が過去のそれより悪質で、激しいものになるという兆しはどこにもない。