低い給料こそが日本社会に
閉塞感をもたらす原因だ

 日本には「お金のことを言うのは下品だ」という考え方が何となくあります。でも働いて生きていく限りは、仕事に見合った給料や報酬が絶対に必要です。それなのに頑張る力も出なくなるような低い給料だと、「自分ばかり負担を負わされている」という感覚に陥ってしまう。

 そしてどんどん内向きで保守的になり、他人に対しても先入観に満ちた、シニカルな判断をするようになる。何だか閉鎖的で、出るくいを打つ的な感じです。これが日本社会全体の閉塞感につながっているように思います。

 僕自身、そんな日本の空気を米国にいながら感じています。ポップミュージシャンをやめてニューヨークでジャズをやっていることに対して、日本からは冷笑的だったり上から目線でちゃかす感じだったりという反応をもらうことがあるのです。

 確かにアジア人が米国に来てジャズで食べていくのは、決して楽じゃない。でも、米国人というのは個性を重んじ、世界に一つしかないものに高い評価を与えてくれる人たちです。そういう文化であり、価値観の国です。

 僕は米国でこれまでに数回、とても大きな企業の経営者から、こんなふうに声をかけてもらったことがあります。「ジャズミュージシャンには、その才能に投資してくれる人が必要なんだよ。君にはそういう人がいるかい?いないのなら、僕の名刺をあげる。僕に何かできることがあったら、メールを送ってね」。音楽ジャンルの違いはありますが、少なくとも日本でポップミュージックをやっていたときには、こんなふうに声をかけられた経験はありません。

 米国でももちろん、「もうかるかどうか」はとても大事です。ただ、もうかるという概念が指すものが、日本と少し違うように思います。経営者がお金を使って手に入れられるものは、お金だけじゃない。尊敬できる人物として世に名前を残すことだったり、自分の会社に何らかの「意味」をもたらすことだったりです。

 お金が紙幣などの形で循環しているのは日本と同じですが、そのお金にくっついて別の何かを与えられたり、与えたりする感覚が、米国にいるとあるのです。

オリジナル・アルバム『Letter to N.Y.』大江千里氏は7月に2年ぶりのオリジナル・アルバム『Letter to N.Y.』をリリース。ジャズミュージシャンに転身してから7枚目になる今作は、コロナ禍のニューヨークの自宅で全曲セルフレコーディングした