コンピュータのルーツは、織機にあり

なぜ、美意識が<br />創造性の原動力になるのか?Photo: Adobe Stock

 ヨーロッパで産業革命の波が加速していた一九世紀の初頭、フランスのジョゼフ・マリー・ジャカールという発明家が「ジャカード織機」を発明しました。

 織物の模様は、前後に張った経糸(たていと)に緯糸(よこいと)を織り込むことによって表現されます。それまでは経糸と緯糸をそれぞれの人が担当し、二人がかりで織っていたのですが、ジャカード織機では、「パンチカード」(穴の開いたボール紙)を使って、経糸の上げ下げをプログラム化することに成功しました。

 これにより、それまで人力で行なっていた操作が自動化されることになったのです。9000年の織物の歴史にかつてないイノベーションが起きた瞬間でした。

 その後、二〇世紀にこの「パンチカード」の発想からインスピレーションを得て、0と1の二進法で動くコンピュータが生み出されたのです。

 織物と言えば、最初は人が自らの手や身体を使って織っていくのが出発点でした。そしてさらなる美を求めていく中で、動力式の力織機が生まれ、パンチカードが生み出され、それがコンピュータへとつながり、そこから最先端のテクノロジー(科学技術)や世の中を変えるようなイノベーションが生まれてきたのです。

 つまり、人の美を求める心が織物を生み出し、そうして生まれた織物とその技術が、世の中の革新を促してきたと言えます。

 日本が世界に誇る自動車メーカーであるトヨタ自動車も、当初は「織機」の会社(豊田自動織機)の一部門でしたし、パナソニック(旧松下電器産業)を創業した松下幸之助氏も「伝統工芸は日本のものづくりの原点である」との言葉を残されています。

 人間の創造性の原点にあるのは、自らの手でより美しいものをつくり出そうとする工芸の思考に他なりません。それは、人間が持っている美しいものを求める美意識です。

 工芸とは、上手い下手は関係なく、自らの手や身体を使って、美しいものをつくり出したいという、人間が本能的に持っている原始的な欲求に忠実であることなのです。

細尾真孝(ほそお・まさたか)
株式会社細尾 代表取締役社長
MITメディアラボ ディレクターズフェロー、一般社団法人GO ON 代表理事
株式会社ポーラ・オルビス ホールディングス 外部技術顧問
1978年生まれ。1688年から続く西陣織の老舗、細尾12代目。大学卒業後、音楽活動を経て、大手ジュエリーメーカーに入社。退社後、フィレンツェに留学。2008年に細尾入社。西陣織の技術を活用した革新的なテキスタイルを海外に向けて展開。ディオール、シャネル、エルメス、カルティエの店舗やザ・リッツ・カールトンなどの5つ星ホテルに供給するなど、唯一無二のアートテキスタイルとして、世界のトップメゾンから高い支持を受けている。また、デヴィッド・リンチやテレジータ・フェルナンデスらアーティストとのコラボレーションも積極的に行う2012年より京都の伝統工芸を担う同世代の後継者によるプロジェクト「GO ON」を結成。国内外で伝統工芸を広める活動を行う。2019年ハーバード・ビジネス・パブリッシング「Innovating Tradition at Hosoo」のケーススタディーとして掲載。2020年「The New York Times」にて特集。テレビ東京系「ワールドビジネスサテライト」「ガイアの夜明け」でも紹介。日経ビジネス「2014年日本の主役100人」、WWD「ネクストリーダー 2019」選出。Milano Design Award2017 ベストストーリーテリング賞(イタリア)、iF Design Award 2021(ドイツ)、Red Dot Design Award 2021(ドイツ)受賞。9月15日に初の著書『日本の美意識で世界初に挑む』を上梓。