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「はやぶさ」帰還にも貢献した防振技術
“オンリーワン”を次々生む感性の開発者
松田技術研究所社長 松田真次

週刊ダイヤモンド編集部
【第216回】 2012年12月14日
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Photo by Yoshihisa Wada

 2008年9月、松田技術研究所の社長、松田真次の元に、JAXA(宇宙航空研究開発機構)から一本の電話が入った。小惑星探査機「はやぶさ」から回収されるカプセルを日本に運ぶのに、力を貸してほしい──。

 着陸想定地はオーストラリアの砂漠地帯。そこから日本まで輸送する間に、万が一にもカプセルが破損するようなことがあってはならない。小規模ながら、輸送用の防振サスペンションで高い評価を得ていた、同社の技術力を買われての依頼だった。

 要求は厳しかった。予算も少ない。だが松田は自ら開発に没頭し、苦心の末に特製の輸送コンテナを完成させた。

 10年6月、はやぶさのカプセルはほぼ予想通りの地点に着陸。そして無事、日本に帰還した。

 松田は、子どものころから根っからの“機械好き”だった。中学生のときの夢は電車の運転士。それまで自他共に認める勉強嫌いだったが、新幹線構想の発表を見て発奮し、昭和鉄道高校への入学を果たした。

 しかし、親族のアドバイスで卒業後は自動車関係に進むことを決意。整備士を経て、本田技研工業(ホンダ)に組立工として入社し、半年で技術部に異動する。異例の抜擢だったが、それまで手動で行われていた耐久試験をロボット化して表彰を受けるなど、すぐに頭角を現した。

大手メーカーを破った
独自の開発力
危機も次の開発で打開

 その後、新たに設立された「ホンダ用品研究所」(現・ホンダアクセス)で、二輪車用パーツなどの開発で活躍した。入交昭一郎や河島喜好といったトップ層の知遇も得た。時には役員とけんか腰の議論も戦わせた。ただし、本田宗一郎を前にしたときは「緊張して何を話したか覚えていない」という。

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