サッカー、野球、相撲、陸上……競技を問わず、日本人選手と共に外国人選手が汗を流す姿はいまや当然の光景となった。これは社会人競技に限ったことではなく、高校生の世界で活躍する留学生を目にすることも珍しくない。
社会学者・開沼博は、15歳で来日し、青森県のサッカー強豪校に「スポーツ特待生」として入学したブラジル人男性の半生に迫る。メディアも注目して将来を期待された彼は、なぜサッカーという夢を諦め、夜の世界を転々とするようになったのか。そこには、表の世界に順応できなかった彼を包み込む、裏の世界の寛容さが垣間見えてきた。
私たちが普段目にしている、日本社会で成功を遂げた一握りの外国人タレントからは見えてこない、「グローバル化」からこぼれ落ちた者たちの行方とは――。大反響を呼んだ人気連載がついに最終回を迎える。
爽やかな笑顔を浮かべながら
流暢な敬語を操るブラジル人
家に帰って玄関の扉を開けると、ドン・キホーテで数千円で購入した「空気で膨らませるベッド」の上でブラジル人が眠っている。丸出しになった筋肉質の背中には、十字架をモチーフにしたタトゥーが彫られていた。
私がパソコンを開いて静かに作業をしていると、彼は目を覚ました。
「あー、すみません。お疲れ様です」
爽やかな笑顔を浮かべながら、丁寧な敬語で流暢に話し始めた。
――仕事、朝までだったんですか?
「そうなんです。昨日は店でずっと働いてて、店の人と一緒に少し飲みに行ってました。六本木の駅に行っても、どの電車に乗ればいいのかまだよくわからないんで、タクシーで帰ってきました」
――眠っちゃって知らないところに行っても困りますしね。でも、眠ったところで、山手線なら1時間かけてグルグル回るだけだから、安心して居眠りもできますよ。
「おー、ホントですか(笑)。ぼくも今度やってみますよ」
それは、数日前から六本木の飲食店で働き始めたクリスチャン・カルロスが、我が家に居候を始めてから2日目のことだった。クリスチャンが東京にやって来る際に面倒を見てもらっていた人物から、「前に預けた先ももう2週間になるから、そろそろなんだ。1週間だけ置いてやってくれ」と請われたため、受け入れた。
「酒を飲みすぎなければ全然問題ないヤツだから」
確かに、それからの1週間、私の自宅にいる間も全く問題は起こらなかった。それは、クリスチャンが酒を飲み過ぎなかったためであるが――。