おそらく、ロシアのパスポ-トを持つ住民が60万人以上というウクライナ東部を制圧するとともに、できれば内乱に乗じて再び同国に親ロシア政権をつくることではないか。そうすれば、ウクライナを西側とロシアの数少ない緩衝地帯として引き続き維持できる。ロシア国内でも、大統領としての威信も保てる。

 ウクライナにとっての不幸は、1991年のソ連邦崩壊後にNATOに加盟できなかたことだろう。親ロシア派の巧みな世論操作で国民の6割が反対に回ったことやロシアの反発を恐れた欧州諸国がウクライナの加盟に消極的だったことが主な理由だった。もしもウクライナが、核保有国を含む欧米の集団安全保障の枠組みの中に入っていれば、軍事大国ロシアといえども、そう簡単には手を出せなかっただろう。

 一方、旧ソ連の一部だったバルト三国(エストニア、ラトビア、リトアニア)は厳しい条件をクリアしてNATOとEUの両方に加盟し、小国ながらロシアの影におびえることなく西側の経済的恩恵を受けている。

 それとは対象的に、ウクライナは独立後ずっと続いている親欧米派と親ロシア派の対立、甚だしい政治腐敗、そして経済不振といった三重苦で、いまだにNATOにもEUにも加盟できていない。

 あまりの悪政に業を煮やした国民は、2019年の大統領選で現職ポロシェンコを退陣させ、まったく政治経験のないコメディアンのウォロディミル・ゼレンスキーを選んだ。だが事態は好転せず、新政権が米国に急接近して経済支援と引き換えに軍事拠点を提供しようとしたため、プーチンの怒りを買う結果となった。

偉大なるロシア復活という
プーチンの幻想と厳しい現実

 昨年夏の国民投票で8割近くが賛成した憲法改正によって2026年まで現職にとどまることが可能になった“帝王”プーチンにとって、ウクライナのそんな親米政権は安全保障上の脅威に違いない。今が攻めどきと判断したのだろう。

「プーチンは、ロシア語をしゃべる人はすべて彼を支持していると思っている。しかし、それは大きな過ちだ」

 米国の駐ウクライナ大使だったウィリアム・テーラーはそう指摘している。

「偉大なるロシア復活」の幻想を抱くプーチンはウクライナ国民の心情など理解していない。彼の歴史観や国家観は冷戦時代のままだ。