自動翻訳があれば
英語の勉強は不要か

秋山 機械翻訳が進み、日本人が日常的にそれを使うようになると、翻訳されやすい形に日本語が変わっていくのではないかという人もいますね。

秋山進あきやま・すすむ/プリンシプル・コンサルティング・グループ株式会社 代表取締役。リクルート入社後、事業企画に携わる。独立後、経営・組織コンサルタントとして、各種業界のトップ企業からベンチャー企業、外資、財団法人などさまざまな団体のCEO補佐、事業構造改革、経営理念の策定などの業務に従事。現在は、経営リスク診断をベースに、組織設計、事業継続計画、コンプライアンス、サーベイ開発、エグゼクティブコーチング、人材育成などを提供するプリンシプル・コンサルティング・グループの代表を務める。京都大学卒。国際大学GLOCOM客員研究員。麹町アカデミア学頭。今回の対談相手の永田昌明氏は同じ高校の出身で、家も近所で勉強を教えてもらうなど、とてもやさしく接してくれた敬愛する先輩。

永田 今の日本語は比較的直訳調だと思います。というのは明治以降英語が入ってきて、英語を翻訳した文章を日本語で書くことに慣れている。またもっと時代をさかのぼれば、鎌倉時代に漢文調が一般に広がって、漢文を読み下す習慣がある程度一般化すると、それ以前は和語でしたが、みんなが漢文的な文章を書くようになった。

 翻訳の評価をしていても、英語から日本語に翻訳したときの直訳調の文はみんな受容しますが、逆はだめで、日本語で書かれたものを英語に直訳した文章は、受容できないし、いかにも日本語的な文は機械翻訳がそもそも受け付けず、英語にしにくいということがあります。

 人々が翻訳機を日常的に使うようになると、人は、翻訳機が受け付けやすい、翻訳しやすい言語を体得しはじめる可能性はあるので、日本語が変わることはありうると思います。しかし、機械翻訳の技術がそれ以上に進歩すると、今は翻訳されにくい日本語的な言い回しでも翻訳機が受け付けるようになるかもしれず、どちらが先かは分からないですね。

秋山 大会社の経営陣が同時通訳が入るグローバルの会議に出て、「このように思われます」と言ったりするのですが、思われますって何なのか、自分が思っているんだろうと(笑)。無理やり受動態で英訳しろというのかと。

永田 Grammarlyの文法チェッカーなら、受動態は使うなと指摘してきますね。

秋山 逆に外国人で日本でビジネスをやっている人は、とても分かりやすい英語を書いたり、話したりしてくれますよね。

永田 伝わりやすい言語運用をするように教育すべきかもしれないですね。

秋山 複数形か単数形をはっきりさせるとか?

永田 いや、それは状況によるかもしれませんが、語学学習を翻訳機を使ってやるとか、Siriと会話して訓練するなど機械翻訳を積極的に用いて、英語のチャットボットと会話すると子どもは機械翻訳向きの日本語を習得するかもしれません。

秋山 英語の練習として英語で話しかけるなら、発音もちゃんとしていないと聞き取ってくれないので英語の発音も上達しますね。

永田 どちらの言語で練習するにしても、話しかけて翻訳してくれない場合は自分の話し方が間違っていたということになる(笑)。

秋山 私もよく自分の書いた英語がちゃんと伝わるかを判断するのにDeepLを使って、まともな日本語に翻訳してくれるかを見ているのですが、ときどきある部分を訳してくれないことがあると、ああ、この部分は理解不能と言われているんだな、伝わらないんだなと反省させられます。

永田 伝わらないというより、DeepLの学習データにないパターンの文章だったということですね(笑)。

秋山 YouTubeの同時通訳機能はまだまだ不自然ですが、自然に感じられるレベルになるのでしょうか。

永田 同時機械翻訳は、遅延しない翻訳というのが難しい点です。すべて言い終わってから訳すなら、DeepLと同レベルで可能ですが、文の途中でいかに遅延させずに翻訳するかが研究上の焦点です。言語によって語順が違い、肯定か否定かが最後まで決まらないとか、動詞が最後まで分からないということがあります。日本語、ドイツ語は最後に動詞が来るので、最後まで待たずに適当に予測してどちらとも取れるような動詞を入れておいて、あとから意味を修正するということをどうしたらうまくできるか。中国語には時制がなく、原則として最初に時間を表す言葉を入れなければなりませんが、英語は最後にイエスタディと言っても、文中でも、文頭で言ってもよい。それで、英中翻訳は、イエスタディと時間を言うまで待たないと中国語には訳せない。それを賢く待つ技術の開発が課題です。ただ、それが課題として認識されているからには必ず課題は解消され、同時性が実現する日が来るでしょう。画像認識と自然言語処理を統合する分野の「視覚と言語 (vision and language)」の研究も進んでいて、視覚から得られる場面や状況の情報を考慮する同時通訳は一つの理想形ですね。

秋山 やはり語順が同じような言語のほうが訳しやすいのですね。

永田 間違いなくそうです。日本語に一番近いのは韓国語で、両者は語順がほぼ同じなので翻訳は統計翻訳の時代から精度が高かったのです。今はかな漢字変換と同じレベルの精度と考えてよいです。ハングルとかななど文字違いやアラビア文字が複雑であるといったようなことはコンピューターにとってはあまり問題になりません。

秋山 今後ますます自動翻訳の出来がよくなるのであれば、もう英語を勉強しなくていいんじゃないかと思ったりもしますが(笑)。

永田 英語を勉強すると一口に言っても、何が目的かによってアプローチやその意味は千差万別だと思います。文化を理解する、相手を知る、教養として、生活に必要だから、生きていくうえで他人と差をつけたいから……。教養がある人には畏敬の念を抱きますよね。漢文や古文をすらすら読める、ピアノなど楽器が弾けるとか、毛筆が達筆だとか、そういうことは一種のパフォーミングアートとして残る。英語もそのレベルで身に付けたい人が勉強する。知りたい、伝えたいということ自体は翻訳機でカバーできます。

 ただ、確実に言えるのは、自力で勉強して英語がある程度できる人は、英語を学んだことがない人より、機械翻訳をはるかにうまく使えるということです。メールの返事をちょっと書くのに、DeepLに入れて翻訳し、訳文を見たうえで、それを評価して、より格好良い表現を選ぶとか、より洗練された言い方にする、ということが可能です。私も多少は英語ができますが、機械翻訳を使うことで、より容易に和訳を作ったり、英文を作成できたりします。英語ができる人はDeepLや文法のミスを指摘してくれるGrammarlyなどのツールを使うと、さらにできることが広がって英語ができない人に差をつけることができます。だから、勉強することに価値がないわけではありません。機械翻訳が進んだからといって、英語力は平等にはならないと思います。

秋山 そして、文学的な翻訳の技術はさらに差別化のポイントになるということですね。

永田 外国語ができることは間違いなくアドバンテージです。ただ、英語以外の語学は料理を勉強するためにフランス語を学ぶとか、イタリア語のオペラを歌うとか、仕事とか専門的な趣味や特定の目的で必要な人以外は、機械翻訳を使うという世界になるかもしれません。

秋山 一対一対応で分かっていなくても、入力と出力だけで人間と同じ世界観や言語能力の習得ができるかに見えるというところは、本当におもしろかったです。いろいろ、ありがとうございました。