「学校で学んだことだけでは目の前で困っている人を救えなかった」世界的デザインファームが中高生にデザインキャンプを実施する理由油木田氏「産業界から変わらなければ、教育は変えられない」 Photo by Takumi Kitamura(IDEO Tokyo)

2022年8月に開催された、デザインファーム、IDEOの東京スタジオが主催する、中高生を対象とした5日間にわたるデザインワークショップ「d.camp Tokyo」を取材した。生まれたときから「創造性が大事だ」と言われながら育ってきた世代は、クリエイティビティに対する感度が高く、今の大人たちより、よほど器用にやってのけるのだという。このような状況の中で、わざわざ学校と変わらない「課題」を課しても意味がない、そう感じた主催者の決意と取り組みとは?(聞き手/ダイヤモンド社編集委員 長谷川幸光、構成・文/奥田由意)

「デザイン思考」の総本山が
実施するデザインキャンプとは?

 夏のある日の午後、25人の中高生たちが、無地のTシャツを手にして、一心に、切ったり、色を塗ったり、縫い合わせたりしている。作業台には、さまざまな文具や工具、発泡スチロールなどが置かれている。

 学校の図工の授業でも、美術部の部活動でもない。ここは、東京都港区青山にあるIDEO Tokyoの社内。米国カリフォルニア州サンフランシスコなど、世界各国にスタジオを構えるデザインファーム、IDEOの東京スタジオである。

「学校で学んだことだけでは目の前で困っている人を救えなかった」世界的デザインファームが中高生にデザインキャンプを実施する理由油木田大祐(ゆきた・だいすけ)
IDEO Tokyo インタラクション・デザイン・リード。 慶應義塾大学でコンピューターサイエンスを学んだ後、慶應義塾大学大学院メディアデザイン研究科修士修了。ニューヨークのプラット・インスティテュート、ロンドンのロイヤル・カレッジ・オブ・アート(RCA)のグローバル・イノベーション・デザイン(GID)プログラムを修了。クリエイティブスタジオ勤務などを経て、現職。 Photo by Takumi Kitamura(IDEO Tokyo)

 学生たちの夏休み期間中の5日間で、デザインワークショップ「d.camp Tokyo」(ディー キャンプ・トウキョウ)が行われているのだ。

 中高生を対象としたこのキャンプでは、参加者は、ユニークなワークショップに取り組んだり、チームでリサーチしたり、プロトタイプを作成したりする。さらに、世界で活躍するIDEOのデザイナーたちによるレクチャーもある。デザイナーの視点で世の中を見て、身の回りの問題に着目し、手を動かしながら、「デザイン思考」の総本山ともいえるIDEOの発想法を実践的に体験することができる。

 参加者の1人、インターナショナルスクールに通うHさんは、学校の先生に勧められて参加したという。「さまざまな工具を使って『何かをつくる』ということが実現できて、とても楽しい」と話す。

 例年、このキャンプの共通言語は英語であるケースが多く、参加者の多くはインターナショナルスクールの学生で占められるが、今年は日本語での開催。レクチャー時の言語をどうすべきかなど課題は多かったが、挑戦してみることにした。すると、インターナショナルスクールの学生のほか、公立の学校、私立の学校、中高一貫校など、さまざまな学校から学生が集まり、英語と日本語が混在する刺激的な場が生まれた。

 私たちが訪れたこの日は、キャンプの2日目。「コミュニケーション・デザイン」がテーマだ。参加者一人一人が「自分のブランドを創設する」という想定で、その第1号のプロダクトとなるTシャツを実作する。スローガンは「Tシャツの概念をぶち壊そう」。

 キャンプを主導するのは、同社でインタラクション・デザイン・リードを務める、油木田大祐氏だ。このキャンプは、「クリエイティビティで遊び倒すこと」を主眼に置いているという。「遊び心を大切にし、『ものをつくることは、しんどいけれど楽しいことなんだ』ということを経験してもらいたい。そのために毎回、腐心している」と言う。

 参加者たちのTシャツ制作が一段落ついた頃、コミュニケーション・デザインを専門とする、ジム・ビュエルによる、30分のレクチャーが始まった。

 ジムはまず「ナイキ、TikTok、スターバックスのロゴを記憶に従って描いてみて」と参加者たちに促す。手元の付箋(ふせん)に、めいめいが描くが、不思議と皆、実物に近いイメージの図像を描いている。