さらには温家宝が相変わらずその特徴である口を逆「へ」文字にして開幕に臨んでいたのに対し、胡錦濤の老人斑が浮かんだ顔のやつれぶりは、引退以来10年になる元指導者が抱える健康不安を見る者に感じさせたことは間違いなかった。

 だから、新華社のツイートを頭から否定することは難しかった。しかし、同じように健康不安が取り沙汰され続けてきた、胡や温の前任者である江沢民や銭其シンははなから出席していない。それなのに胡錦濤はわざわざ出席した上で、衆人環視の中で前代未聞の退席劇となったのだから、もっと話題に上がってもおかしくない。

 だが、先の新華社のツイート以外、中国国内ではそれに触れる報道もなく、さらに国内SNSはほぼ無風状態だった。中国ではその退席の様子は報道されなかったため国内の中国人が気づいていないのは分かる。しかし、中国のジャーナリストや外国にいて海外のニュースに触れたはずの中国人の書き込みすら流れてこないのだ。つまり、人為的にその情報ががっちりと抑え込まれているのは間違いなかった。

香港の新聞「明報」記者の観察によると

 一体、何があったのか? 何が起きたのだろうか? 頭の中で渦巻くこの疑問への答えを求めてあちこちで情報を探していたところ、香港紙「明報」の駐在記者がその前後の様子をコラムにまとめていたので引用してみる。以下、[ ]内は筆者による補足である。

《慣例では会議開幕後の前半は公開されず、メディア関係者は人民大会堂の東ロビーで待たされる。午前11時半に記者が入場したとき、大会は途中停止状態になっており、この時[習と胡を挟むように座っていた]栗戦書が胡錦濤とおしゃべりをし、時々胡の手を握っていた。そこにすぐ[栗の隣に座っていた]王滬寧も加わり、何かを論じていた。王は胡の状況を気にかける様子で机に体を乗り出し、それから大会職員を1人呼んで何かを言いつけた。その職員はすぐに習の背後に周り、習が職員に何かを指示するとその職員はその場を離れた。》

 これらの場面描写は非常に貴重である。というのも、ネットに上がっているどのメディアの動画でも、この部分は一切見ることができないからである。もしかしたらメディアは入場したばかりでまだ「異常」に気づいておらず、カメラを回していなかったのかもしれない。

 公開されている数々の動画によると、主席台の中心に習近平が座っており、向かって右側に胡錦濤、その右には順に栗戦書、王滬寧……という席順となっていた。栗は習近平の腹心の一人といわれ、王もまたその懐刀とされてきた。今回で栗は政治局員を退いたが、政治学者出身の王は続任し、今後さらに党によるイデオロギー管理の中枢を担当するとみられている。