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ニッポン 食の遺餐探訪

外国人が嫌う“黒い紙”とは何が違うか
品評会優勝の若き海苔師がつくる極上の「海苔」

樋口直哉 [小説家・料理人]
【第3回】 2013年2月6日
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 寿司が世界に広まって久しいが、そんななかにあっていまいちブームに乗りきれなかった存在が海苔である。黒い紙とも揶揄され、あの食感と味が好きじゃない、という外国人の方は多い。

 「日本人は紙なんて喰うのか?」

 そう言われるのも仕方がないと思われる理由もある。海苔が現在のような乾物の姿になったのは江戸時代の再生紙業界との出会いが大きいそうだ。浅草では書き損じの紙を回収して、水に溶かしてからまた漉き、今でいう再生紙として売っていた。そこで「海苔も同じように紙のような乾物になるんじゃないの」的なのりで、試しに天日にさらしてみると板海苔の完成と相成ったのである。つまり元々は紙の製法を使ってつくられたものなのだ。

 時が過ぎ、明治時代。イギリス人のドリュー女史が海苔の生態の謎を解明し、人工的に育てることが可能になる。品種もアサクサノリから生育が早いスサビノリに転換し、海苔は増産され家庭でお馴染みの味になった。

 1980年代、海苔業界に大きな転換点が訪れる。コンビニエンスストアの登場と、おにぎりの発売である。それにより業務用用途での需要も増えていった。

 しかし、物事はうまくいくばかりではない。食生活の変化もあり、家庭での海苔の消費は落ち込み、さらにバブル崩壊以後、贈答用の需要は低迷する。業務用用途の海苔は価格競争に巻き込まれ、単価は下がる一方になる。そんな状況で海苔を仕事にしていこうという人も減っていった。

 海苔の養殖家のことを海苔師とも呼ぶ。現在、全国にいる海苔師の数は約5000軒弱、彼らは品評会などで腕を競いあっている。

口に入れると消えてしまう
極上の海苔を生んだ“とんでもない寒さ”

東松島の若きエース、相澤太さん

 考えてみると僕は美味しい海苔というのを意識して食べたことがなかった。

 昨年、日本で『G9』という食の国際会議が開かれた。そこで東北の食材が紹介されたのだが、そのなかに宮城県、東松島市の相澤太さんがつくった皇室献上海苔があった。

 それはパリパリとはしているが、口に入れるとほどけるように消えてしまう海苔だった。あの外国人が喩えるような「紙を食べているような」食感ではない。

 僕らがコンビニエンスストアで買うおにぎりに巻かれている海苔はもっとしっかりとしている。

 「ふたつの違いはどこにあるのか?」

 それを知るために、収穫のある冬を待って相澤さんのところを訪れてみたのである。

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樋口直哉 [小説家・料理人]

1981年生まれ。服部栄養専門学校卒。料理人として活動する傍ら、2005年、『さよならアメリカ』で群像新人文学賞を受賞し、小説家としてデビュー。ほかの作品に『月とアルマジロ』(講談社)、『大人ドロップ』(小学館)、『星空の下のひなた。』(光文社)、『ヒマワリのキス』(徳間書店)、『アクアノートとクラゲの涙』(メディアファクトリー)がある。

 


ニッポン 食の遺餐探訪

和食を世界遺産に、という動きが農林水産省を中心にはじまっている。日本料理はここ十年余りの世界的な流行になり、外国の料理人の多くも関心を持っていて、誰もがそれを理解しようとしている。しかし、当の日本人の多くは日本料理を理解できていないのではないか。そこでこの連載では、日本の食を支えている道具や食材をつくっている生産者、職人を訪れて、私たち日本人が知らない日本の“食の遺餐”を紹介していく。 

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