ロシアの日本食ブームが変だ。人気が出るのは結構なことだが、その実態は、日本ならば逮捕確実のトンデモ料理のオンパレードなのだ。日本企業が連携して啓蒙活動に立ち上がったのだが、ロシアのお家事情もあって、一筋縄ではいかないようだ。

 ロシアの日本食レストランは、モスクワだけで600店にもなり、海外の料理店としてはイタリア料理の次に多いとされる。

 ところが、その中で日本資本はほんの数社しかない。店内には日本人とおぼしき容姿の料理人も多いが、大半が朝鮮系ロシア人。彼らに法被を着せて日本風を気取っているだけで、当然、日本料理の修行経験などない。素人が見様見真似で作っているに過ぎないのだ。しかも生鮮食品の扱いに不慣れで品質管理が杜撰なため、食中毒も珍しくないというお粗末さだ。

 日本食レストランが雨後の筍のように増えた理由について、三井物産戦略研究所の服部城太郎主任研究員は「すしネタの出どころがブラックボックス化しており、儲けやすいから」と説明する。原価を極限まで安く抑えるため、犯罪まがいの行為が横行しているという。

 典型例がマグロだ。ロシアでは腐りかけたマグロを新鮮に見せるため、一酸化炭素ガスを注入するという暴挙がまかり通っている。こうしたマグロは「ガスマグロ」と呼ばれ、1週間経っても変色することはないが、当然日本では違法である。

 またロシアはウナギ業者の間で「ウナギの墓場」と揶揄されているという。なんと発がん性が疑われるマラカイトグリーンという抗菌剤を施されたウナギが流通しているのだ。日本や欧米では禁止されているため、規制のないロシアに流れ込んでくるというわけだ。

 それでもロシア人は「すしは健康に良い」と信じているのだから何ともやり切れない。こうした事態に業を煮やした日本の食品会社などが昨年、「日本食文化ロシア普及協会」を設立し、啓蒙活動などに乗り出している。ただ実際の活動は、日本食講習会の開催などにとどまり、具体的な改善要求を行なうには至っていないという。

 というのも、農林水産省が以前、海外の「ニセ日本食」を取り締まろうとした際、「すしポリスの弾圧」と国際的に大顰蹙を買った苦い経験があるからだ。

 またロシアは石油やガスなど主流産業については、国家による介入、管理が厳しい。一方で、普及協会の設立に携わった服部研究員によれば、「それ以外の分野に関しては意外にも統制が緩い。特に中小企業が多い小売・外食産業では、業界側からも自由な営業活動を望む声が根強く、政府も介入せず、基本的には自由放任」という。直接的な指導は、業界の反発を招く危険が高く、慎重にならざるをえないのだ。

 日本人の不在がトンデモ日本食を生んだ。日本資本のロシア進出の拡大こそが、まっとうな日本食が定着するための第一歩である。

(「週刊ダイヤモンド」編集部 山口圭介)

週刊ダイヤモンド