「広末涼子は魔性の女性」という誤解、虚像になり切れなかったアイドル時代の素顔広末涼子さんの離婚劇ほど、実像と虚像の乖離を実感させたケースはない(写真はイメージです) Photo:PIXTA

「広末騒動」で実感した
実像と虚像の乖離

 アイドルやスターが相当に「虚像」であることは、週刊誌を長く続けていれば、十二分にわかっているつもりでした。自分の性格とまったく違う「虚像」ができてしまい、それを守るために、苦しむアイドルの姿もたくさん見てきました。

 しかし、国民的アイドルとして10代でデビューした広末涼子さんの今回の離婚劇ほど、実像と虚像の乖離が本人だけでなく周囲まで混乱させることを、実感したケースはありません。文春の後輩たちのスクープでしたが、本当に考えさせられました。

 広末涼子さんのデビューは1994年。ドコモのポケベルのCMで一気に人気を博し、その清純なルックスとちょっと甘えたような言葉づかいで、若い男性の心を一気につかみました。人気は若い女性たちにも広がりました。

 高知県の山奥で、小さな芸能事務所の社長が発掘したという伝説があった彼女は、東京の品川女子学院高校に転校、なんと早稲田大学を受験するということで、さらに騒ぎは大きくなりました。

 今は、クイズ番組で驚くほどの知識を見せるアイドルもいます。いや、東大やハーバード大出のお笑い芸人さえいる時代です。が、当時女優が早稲田大学を受験するというのは、破天荒な出来事でした。そう、今でも日本史上最高のアイドルといえる吉永小百合さんと、同じ大学の女優となるからです。

 今からは想像できないかもしれませんが、そのころの広末さんには吉永小百合さんと比べられるだけのカリスマ性と、賢さと、清楚さが備わっているように見えました。いわば高校の級長をするような、成績も行いも考え方も真面目で、悪口のいいようがない存在。そんなイメージだったのです。

 当時の週刊文春は、今ほど芸能スキャンダルにこだわる雑誌ではありませんでしたが、「娘にしたいアイドル」として、「おじさんの人気者」でもある広末涼子のインタビューは絶対ほしい記事でした。「娘にしたいアイドル」が早稲田大学に入学するなら、おじさんも自分の夢が叶ったような気持ちになるでしょう。グラビアにも登場してもらったし、事務所とグラビアデスクの仲が良かったため、彼の努力もあって、早稲田大学受験への意気込みを語るインタビュー記事を掲載させてもらうことになりました。