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大震災から2年目の「今」を見つめて

日本で唯一残った避難所
埼玉県旧騎西高校で暮らす139人の「今」
――東北三県被災地復興支援研究会代表 富山泰庸

富山泰庸
【第1回】 2013年3月4日
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とみやま・よしのぶ
1971年生まれ41歳。1993年ボストン大学卒業、同年オックスフォード大学大学院入学、ペンシルバニア大学大学院に編入し、同大学院政治学部修士課程修了。貿易コンサルティング会社を経営する傍ら吉本興業所属お笑いタレントとして活動。並行して2010年3月ロッツ災害支援団体設立。物資運搬、お笑い慰問企画運営、炊き出しイベントなど様々な支援活動を展開。復興事業として調剤薬局を被災地に開局し、復興特区第一号として訪問リハビリ単独事業化を実行。被災地の雇用促進を図る。

 東日本大震災からまもなく2年が経つにもかかわらず、まだ避難所が残っていることをご存じだろうか。埼玉県加須(かぞ)市の旧騎西高校に開設された避難所である。この避難所には、原発事故で福島県双葉町から避難しきた被災者約140名が、今なお暮らしている。日本で唯一残った避難所だ。仮設「住宅」ではない。 

 なぜ今も避難所として残っているのか。その経緯と避難所生活の実態を伝えたい。

 震災直後から復旧・復興支援に従事し、東京と東北を実に205回も往復してきたが、未だに復興の実感はない。復旧は多少進んでいるところもあるが、政治と行政の混乱、そして原発、風評被害、人材不足、責任転嫁、縦割り行政、足の引っ張り合いなど、様々な要因が複雑にからみ、復興の「ふ」の字も未だ見えてこないのが現状だ。それでもせっかく助かった命を何とか健康に保ち、そして被災地に笑顔を取り戻すために、みんなで力を合わせなければならない。

原発事故発生!避難開始から
避難所継続までの経緯

 そんな思いで東奔西走している中、昨年末、ボランティア仲間から一本の電話が入った。

 「埼玉県加須市に旧騎西高校避難所というのがあるんですが、未だに避難所なんです!」

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