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大震災から2年目の「今」を見つめて

「復興は、まだ始まったばかり」
震災から2年を迎えた東北大学のいま【前編】

みわよしこ [フリーランス・ライター]
【第11回】 2013年4月2日
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東北から遠く離れた地域で日常を送っていると、東日本大震災を忘れずにいることは難しい。この数ヵ月、東京にいて、意識せずに報道に接していると、東北地方の目覚ましい復興ぶりばかりが目に入ってしまいがちだ。では、震災は、本当に過去の出来事になりつつあるのだろうか?

本稿では前後編2回にわたり、東北大学の一研究所の教職員を中心に、東日本大震災とその後の2年間の歩みを紹介する。

「まだ、震災前には戻っていない」
2年後の仙台市中心部に残る、大震災の爪痕

東日本大震災の最初の激震による液状化で、数多くのマンホールが浮き上がった。浮き上がったまま補修されて、現在に至っている

 2013年1月下旬、筆者は仙台市・青葉区に5日間滞在した。1年2ヵ月ぶりの仙台であった。

 東日本大震災から8ヵ月後の2011年11月にも、仙台市内でのボランティアを目的として、筆者は仙台に滞在した。JR仙台駅から見渡す仙台市街は、震災以前と何ら違いがないように見受けられた。しかし当時、仙台駅を少し離れると、歩道の縁石が数百メートルにわたって崩れたままであったり、「立入禁止」と示されている傾いた建造物が取り壊しを待っていたりした。また、震災で屋根瓦が剥がれ落ちたままなのか、屋根にブルーシートがかけられている建造物もそこかしこにあった。

 震災から満2年に近づこうとしている2013年1月、目に見える形で明確にわかる震災の爪痕は、少なくとも筆者が行動した範囲、JR仙台駅と東北大学片平キャンパス(仙台市青葉区)の周辺には見受けられなかった。

 「震災以前と同様の仙台の街並みに戻ったのかな?」

仙台市青葉区の歩道にて。点字ブロックがひび割れ、浮いたままになっている

 そう考えながら移動していた筆者は、足元に違和感を覚えた。そこにあったのは、ひび割れて浮いた点字ブロックであった。よく見ると、その周辺の点字ブロックは、数メートルにわたって、割れたり浮いたり剥がれたりしていた。仙台市中心部といえども、何もかもが東日本大震災以前の状態に戻ったわけではないのだ。

 現在、東北大学・原子分子材料科学高等研究機構(AIMR)の機構長を務める小谷元子教授(数学)は、

 「東日本大震災から2年が経過しましたが、2年かけて震災前に戻ったのかというと……戻っていないと言えば、戻っていないですね」

 と語る。震災当時、東北大学・大学院理学研究科数学専攻の専攻長であった小谷氏にとって、震災とその後の復興への第一歩は、どのようなものであったのだろうか?

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みわよしこ [フリーランス・ライター]

1963年、福岡市長浜生まれ。1990年、東京理科大学大学院修士課程(物理学専攻)修了後、電機メーカで半導体デバイスの研究・開発に10年間従事。在職中より執筆活動を開始、2000年より著述業に専念。主な守備範囲はコンピュータ全般。2004年、運動障害が発生(2007年に障害認定)したことから、社会保障・社会福祉に問題意識を向けはじめた。現在は電動車椅子を使用。東京23区西端近く、農園や竹やぶに囲まれた地域で、1匹の高齢猫と暮らす。日常雑記ブログはこちら


大震災から2年目の「今」を見つめて

 この3月で東日本大震災から丸2年が経つ。被災地の報道も極端に少なくなり、当時、固く誓ったはずの「絆」「被災地に寄り添う」と言った言葉も、なぜがむなしく響く。復興はどこまで進んだのか、明日に向かうための課題は何か、そして忘れされれつつある事実はないのか。震災後2年目の「今」を見つめ直す。

「大震災から2年目の「今」を見つめて」

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