逆転のマジックワード「エビデンス」
ビジネス=リスクテイキングなのに…

「エビデンスに基づいているのか」もリスクに負けず劣らず最近人気の問いかけである。

 ここ数年来、「それってあなたの感想ですよね」という言葉遣いで、大人を「論破」した気になる小学生が増殖し、その物言いに頭を悩ませる親の嘆きもよく聞かれたが、それと大差はない。

 過去のダメ管理職の特質としてよく言われたのが、KKDである。経験(Keiken)と勘(Kan)と度胸(Dokyo)の頭文字がこのKKDであり、科学的客観性や合理性に基づいてビジネスをしたい昨今のマネジメント層からは、日本企業の後進性として嫌われてきた。したがって、これからはKKDに変わって、Evidence(エビデンス)に基づいたEvidence-Based Management (エビデンスベースのマネジメント)に変えよう、という大きな流れがある。

 ただ背景事情として、少なくともインターネット時代以前には、科学的に意思決定しようと思っても、手元に十分な情報がなかったということがある。それゆえKKDに頼るのは、ある意味仕方がなかったのだ。

 ところが、現在、情報はむしろ有り余るほどある。それらの情報を十分に分析すれば、プロジェクトの成功可能性は飛躍的に上げられると考えられているのである。

 とはいえ、現在のデータは少なくとも、過去の事例や市場の動向などである。新たなビジネスチャンスや革新的なアイデアは、データの示す傾向や過去の事実に基づく判断では捉えにくいものであり、創造性や直感の要素が重要だ。そして、成功する経営者やマネジメントはそのことをしっかり理解しており、直感を補足するためにエビデンスを集め、エビデンスの限界もわきまえた上で、意思決定をしようとするのである。

 ただ、そこに付け込むのが如才なき管理職である。あろうことか「成功を保証するエビデンスを示せ」とほのめかすのである。

 そもそも、リスクこそが利益の源なのであり、ビジネスとはリスクを取るところに存在する。ビジネス=リスクテイキングであり、それをどうコントロールするかが、上席にあるものの手腕の見せどころであろう。もし、完全なデータを基に極めて高い確度で成功が予測されるビジネスなのであれば、他の企業も間違いなく参入しているであろうから、すでにレッドオーシャンであるか、現在そうでなかったとしても、いずれ供給量が激増して、利益が生まれなくなるに決まっている。

 しかし、成功を保証するエビデンスを出せとほのめかす管理職は、ビジネスの意味も、エビデンスの意味も知らず、自分が言っていることの矛盾にも気づかない。ビジネス不適格者と断言しても良い。

 にもかかわらず、現在、「エビデンス」の一言で鬼の首を取ったような顔をするろくでなしがいろいろな場所に生息している。残念ながら、中高年の男性管理職に多く見受けられると感じられる(その数、もしくは割合についての「エビデンス」はないのであらかじめご容赦願いたい)ので、私はひそかに「エビデンスおじさん」と呼んでいる。

「エビデンスおじさん」のまき散らす害毒は、少なくとも自らリスクを取るKKDな管理職のダメさをはるかに凌駕するだろう。

 伝統的な問いである「過去の事例は調べたのか」「他(ほか)はどうしているのだ」「○○さんはどう言っているのだ」。そして、最近のトレンドである「リスクは十分に検討したのか」「エビデンスに基づいているのか」――。

 もちろんこうした問いを発しても構わないし、リスクなりエビデンスという語彙を使っても構わない。実際に使う必要のある場面も多々ある。しかしながら、こうした便利な言葉を自分が何もしないために、空虚に垂れ流す如才なき管理職には、さっさとお引き取りを願った方が良いだろう。放置するのはそれこそリスクであり、それはエビデンスを示すまでもなく、明らかだ。

(プリンシプル・コンサルティング・グループ株式会社 代表取締役 秋山 進、構成/ライター 奥田由意)